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私の心はおじさんである【書籍漫画発売中!】  作者: 嶋野夕陽
14章

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神龍は憂鬱

「荒らしに来たわけではありません。巫女同士の争いによって囚われていた巫女の救出に来ました」

『……争い?』

「はい。前の巫女総代であったエニシさんが、ここで担がれているサイカさんによって殺されそうになり、国外へ逃れました。実際にこちらにいる巫女たちは、ここへ来るまでの階段に作られた地下牢に閉じ込められていました。ご存じありませんか?」

『……知らぬな。ここしばらくは眠っていた。巫女も……変わったのか。この島で争うとは愚かな……』


 どうやらこの様子だと、先代の巫女総代であるエニシのことも知らないようである。神龍と崇め奉られているが、巫女たちを見守ろうという気持ちもそれほど強いように思えない。


『くだらぬことだ。人はいつも争ってばかりいる……』


 それどころか、呆れたようにぽつりとつぶやく言葉の最後から、ため息が聞こえてくるようだ。まるで、厭世家の老人のようであった。

 聞いていた話とは随分と違う。

 ヴァッツェゲラルドは好戦的であったと言っていたし、伝承によればすべての侍に争いをけしかけた張本人であるはずなのだ。ただ、この調子ならばさらりと巫女たちを連れ出すことも許可してくれそうである。

 ハルカが次の言葉を探っていると、神龍はぎょろりとした目でタゴスが抱えているサイカを見つめる。


『ところでそれはなんだ。なぜ縛られ、意識を失っている。まさか巫女に対して乱暴を働いたのではあるまいな?』

「あ、いえ、ええと……。おそらく私のせいではあるのですが」

『なんだと?』


 神龍の鬣がふわふわと立ち上がり、その感情が高ぶったのが見た目からでもわかった。

 ハルカは慌てて説明を始める。


「直接何かをしたわけではありません。私は精神的な魔法や能力が飛んでくると、自動的に拒絶してしまうようになっているらしく、彼女が私に能力を使い、その反動で意識を失ってしまったのではないかと。危ない状態だったので、きちんと治癒魔法もかけてありますので、今は怪我も体調不良もないはずです」


 立ち上がっていた鬣がすぐにしおっと大人しくなった。


『…………自業自得ではないか、愚かな』


 正直本人ですら説明を信じてもらえるか怪しいと思っていたものだから、ハルカは心底ほっとしていた。

 妙に話の分かる竜である。


「その……、巫女の一部を島から連れ出しても……?」

『構わぬ。その代わり島を出た巫女たちは、この国から遠く離れた場所へ連れていけ。二度と国へ戻らせるな』


 クダンから事前に聞いたのと変わらぬ、あっさりとした答えだった。

 しかし、その返答に、ハルカはすぐに頷くことができなかった。


「……国へ戻ってはなりませんか?」

『ならぬ。争いの火種となる』

「争いが、お嫌いなのですか?」

『嫌い……? …………いや、辟易としているのだ』


 なるほど、言葉の端々から神龍が心底うんざりしているのが伝わってくる。

 話し始めてからハルカが感じた印象は、どうやら間違っていないようだ。

 しかしこのままでは困る。

 エニシの目的は【神龍国朧】の平和であって、大陸で仲間たちと平穏に暮らすことではない。


 ただ、こうして【神龍国朧】に上陸して、この国の人の在りようをわずかばかり知ったハルカとしては、実のところエニシが大陸で平和に暮らしてくれればと思う気持ちもある。

 もし神龍が望むのならとエニシが諦められるのなら、それでもいいのではないかという気持ちもあった。


「ハルカ、我が話そう」


 ハルカがどうしたものかと返答に窮していると、エニシが前に出て行って地面に座り深々と頭を下げる。


『なんだ』

「今お話に上がりました、先代巫女総代のエニシと申します。一度、こちらでご挨拶をさせていただいたことがございます」

『覚えておらぬ』

「十五年ほど前のことでございます。神龍様はお休みになられているようでございました」

『……そうか』


 ハルカは二人のやり取りを聞きつつ神龍の様子を観察する。

 なにやらエニシの言葉に対して気まずさを覚えているように見える神龍に、ハルカは少しばかり親近感すら持ち始めていた。


『この島を出たいのならばそうするがよい。ただし、戻ることはならぬ。元巫女総代がその立場を使えば、この〈神龍島〉を侵略する理由となり得る』

「どうしてもでございますか」

『そうだ』

「そこを曲げてはいただけぬでしょうか」


 ハルカからの話し合いで、三度目になるこの問いに、神龍は鬣を僅かに揺らした。


『くどい! エニシよ、お主は争いを招きたいか!』


 体が強張るような圧倒的な意志の放出であった。

 対話をしているわけではないアルベルトたちが、思わず身構えるほどのもので、巫女たちなどは驚いて地面にへばりつくようにして頭を下げて震えてしまっている。


 しかしエニシはゆっくりと面を上げて、神龍のぎょろりとした目を見つめる。


「……我は、この国から争いをなくしたいと考えております。失われるべきではない命が失われていくさまを聞くのは、もう辛抱なりませぬ。この国は神龍様のご加護のお陰で豊かです。本来は誰もが争わず、穏やかに暮らしていけるはずなのです。どうか、そのために国にとどまることをお許しいただけないでしょうか」


 エニシには戦う力がない。

 それこそ神龍の力をもってすれば、呼吸をするよりも容易くその命を奪うことができる存在だ。

 だからこそ神龍は、エニシの願いが命懸けの本気であることが分かっていた。

 そして、だからこそ神龍は、憂い、鬱々とした気持ちになるのであった。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 ちょっとダブスタっぽい印象もしますが、自分が住んでる近くで人間がギャースカ騒いでる・しかも長い龍生の中で延々と見せられたら、そりゃ面倒臭いし鬱陶しくなる神龍様の気持ちもわからなく…
エニシのヴァッツェゲラルドと話した経験が生きましたね 思えばあの時は足震えてました
争いに辟易してるならふて寝してないではっきり皆の前で意思を示して従わせろと。
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