未だ凪
もう一人ついてきた侍が、巻物をしゅるりとほどいて目録を読み上げる間、ハルカは周囲の観察をしていた。
見える範囲に数人の巫女が控えているようであるが、だれがどんな能力を持っているかはわからないし、もちろん見分けもつかない。基本的には皆同じ格好で髪を伸ばしているため、外見で誰だと判ずるのは難しい。
「素晴らしき奉納品の数々。神龍様に必ずや報告させていただく。きっとお喜びになることだろう」
「ありがとうございまする」
目録の読み上げが終わると、ねぎらいの言葉が発せられ、読み上げていた侍が頭を下げてかしこまる。
ライゾウは不遜な態度を崩さないし、ハルカたちも頭を下げたりはしない。
ハルカに関しては、ちょっと雰囲気に流されかけていたけれど、ぐっと背筋を伸ばして我慢した。
「〈御豪泊〉では激しい戦があったようですが、そろそろ治まったのでしょうか?」
「治まってなきゃあ、こうしてやって来れやしねぇよ。ま、昨年同様警戒を続けているから、あまり人は連れてこられなかったけどな」
「そうですか……。ライゾウ殿は高名な武人。戦場でも百人力の働きをなさるのでしょうね」
「そうでなきゃ今頃〈御豪泊〉はなくなってるわな」
ぼりぼりと左手で右頬を掻きながらライゾウが答える。
そんな乱暴な言葉遣いにもサイカが動揺しないのは、昨年も、その前も、ライゾウがこんな調子を崩さなかったからだ。
すっかり慣れてしまったのだろう。
周囲の巫女はサイカの味方なのか、ライゾウが失礼な言動をするたびに厳しい目で睨みつけてくるが、ライゾウは僅かに気にするそぶりも見せなかった。
「……今日は、いつも見ない方々を伴っていらっしゃったとか」
「興味があるなら、その御簾を上げて覗いてみたらいいんじゃねぇかな」
「大陸の出身の方らしいと聞いています。どのような経緯でいらしたのです?」
声がハルカの方へ向いた。
ライゾウがあまりにそっけないので、ターゲットを切り替えたようだ。
前情報がなければ、ハルカはサイカの方に同情してしまっていたことだろう。
「大陸にいる際に小鈴と縁がありまして」
「大陸とな」
「経験を積むために大陸で見聞を広めてきたんです」
ハルカが端的に答えると、コリンがそれに続く。
アドリブで答えなければいけない状況はハルカには向いていない。
ぼろを出さないようにさらりと答えたせいか、ハルカの返答はやはり固く冷たいものに聞こえたことだろう。
「大陸には冒険者という身分がありまして、路銀を稼ぐために私も登録していたんです。その旅の途中で出会って、故郷を見せようと思って一緒に海を渡って帰ってきたんです」
「それは、良き絆ですね……」
少しばかり興味を持った雰囲気を察したコリンは、そこからひたすらに喋りまくった。大陸の冒険と、考え方や、暮らしている人々の風習。それから旅の最中に戦ったこととか、出会った人々。
多少誇張や誤魔化しはあれど嘘をつかず、さりとて重要な部分を隠しながら語りまくれば、いつの間にか周囲の巫女たちも聞き入っており、場はすっかりコリンのペースになっていた。
そんな時、また地面が揺れた。
今度はハルカも気づくほどの揺れだ。
地震が多いとは聞いていたが、はて、頻度が高すぎるなとハルカは首をかしげる。
コリンが一瞬黙り込んだためか、しばらく頷いているばかりだった巫女の一人が、突然はっとした様子で御簾の内側へ入り込んでサイカに耳打ちをする。
「……とても興味深い話でした。まだ聞いていたいところだが、時間が来てしまったようです。また次の機会が巡ってくることを期待しております」
時間切れだから、そろそろ立ち去れ、ということであるが、どうもコリンの話を随分と気に入ったことは確かなようであった。
部屋の中にいる巫女の一人が立ち上がり、「どうぞこちらへ」と言ってハルカたちの案内を始める。
そうして何事もなく御殿の中から抜け出し、当たり前のように街を歩いていく。
あまりにも拍子抜けな展開であった。
内部構造の一部は分かったが、他にはほぼ手にしたものはなかったとも言える。
下手に情報収集をしようとして警戒されても困る。
これで良かったのかもしれないと思いながらハルカが歩いていると、「失敗したかもなぁ」とコリンが呟いた。
「うまく喋れていたと思いますけど」
「うん、我ながらうまくやったと思うよ。でもなぁ、逆にちょっとうまくやりすぎたかも。かなり興味持たれた感じがするんだよねぇ」
「何かまずいですか?」
どうせここに滞在するとしても、あと数日程度。
エニシの仲間たちを救出すれば、そこから先に出会うことはまずなくなるだろう。
「いやぁ、調べられたりしたらいやだなって」
「だったらもうちょっと大人しくしときゃよかったじゃねぇか」
責める、という雰囲気はなく、からからと笑いながらライゾウがツッコミを入れる。
「あそこで気に入られたら、何か勧誘とかされるかなぁって思うじゃないですか。ライゾウさんの態度が悪いから頑張ってみただけなんですけどぉ」
「そりゃあ悪かったな」
文句を言われても、ライゾウは笑うばかりでむきになったりすることもなかった。
どうやらエニシが近くに居なければ、それなりに大人な対応ができる男らしい。
コリンも溜飲を下げたようで、振り返って御殿を見上げながら呟く。
「それにしても地震、二回もあったね」
「……そうですね」
地震は神龍の寝息。
ハルカはこれまでの真竜とのファーストコンタクトを思い出しながら、心臓をどきりとさせるのであった。





