幻想的な御殿
「わぁ、いい景色!」
待っている間、窓から外を眺めたコリンが声を上げる。
階段を上り、緩やかな坂道を上った先にある部屋であるから、高度がそれなりにある。
いつもナギの背に乗って空を飛んでいるコリンであるが、窓の枠から切り取られた【神龍国朧】の景色はまた一味違って絶景であった。
まるで壁にかけられた絵画のような美しさである。
「本当ですね……」
外を見ているだけならば、とても平和に思える風景だ。
実際は花が真っ赤に染まるほどには、毎日のように血が流れているのだけれども。
窓の外を見ながら、時折ハルカがリョーガやライゾウに、あれはなんだこれはなんだと尋ねる。
コリンも気になるのだろうけれど、コリンは元々この国の出身、という設定であるから、あれこれ知らないではおかしくなってしまう。
だから今日のハルカは、いつも心のうちにしまってしまうような些細な疑問も、口に出して尋ねるようにしていた。
コリンもそんなハルカの気遣いが分かっているのか、嬉しそうに寄り添っている。
そんな風に時間を潰すことしばらく。
先ほど案内をしてくれた者が戻ってきて、再び御殿の山に沿って続く長い廊下を歩くことになった。
今度は途中で右に折れて、山を切り抜いて作られた洞窟へと入り込む。
そこにも朱色の廊下と柱、そして屋根が通されており、左右の足元に等間隔に並んだ行灯で光源が確保されている。
誰もしゃべらず足音だけが聞こえる空間は多分に幻想的で、訪れる客人の多くは、ここで暮らす巫女たちに対しても同じような感覚を覚えることになるだろう。
ふと先頭を歩くライゾウが足を止めると、巫女と、ハルカ以外の全員も立ち止まった。観光地を巡るような気分で、ぼんやりと照らされた廊下に感動すら覚えていたハルカは、他よりも数歩遅れて立ち止まる。
「……揺れてんな」
ライゾウがぽつりとつぶやいて、ハルカもようやく僅かながら地面が揺れていることに気が付いた。
地震大国で生まれ育った上、元来反応の鈍いハルカは、正直言ってこれくらいの揺れは、言われなければ気付かないほどだ。
「珍しいことなんですか?」
「いや、結構あるぜ。地の揺れは神龍様の寝息、なんて言われててな」
「面白い表現ですね」
まるでナマズみたいだ、とハルカは思ったが、それは流石に口に出さない。
通じないだろうし、この場所で神龍を馬鹿にするようなことを言って、場の雰囲気を凍り付かせたくない。
揺れが収まると、案内人が振り返って小さく会釈する。
「間もなく到着いたします。それでは参りましょう」
何事もなくゆっくりと歩き出した案内人に続いて先へ進むと、左右の明かりに照らされて、引き戸がぼんやりと浮かび上がるように見えてきた。
近付くにつれて洞窟がぐっと広がっていき、やがて洞窟は、巨大な空間へと姿を変える。
そしてその空間の中心には、四方から通路が伸ばされた巨大な建築物が建てられていた。規模で表すなら、百人は宿泊できそうな大規模な旅館のようである。
廊下の左右には玉砂利が敷かれ、ぼんやりと石灯籠に火がともされている。
「これは……、すごいですね……」
引き戸の前で立ち止まったハルカが思わずつぶやくと、案内人は戸を開いて振り返り、にっこりと微笑む。
「この先は、履物をお脱ぎください」
言われるがままに従って、続く廊下へ上がると、床がきゅっとなる。
いわゆる鴬張りの廊下だ。
案内人に連れられて奥へと進んでいく。
左右には障子で仕切られた部屋がたくさんあるようだったが、そのどれもをスルーして最奥の障子の前まで進むと、案内の巫女は廊下に膝をついて頭を下げる。
「案内はここまででございます。この先には巫女総代であられる彩華様をはじめとした、高位の巫女様方がおわします。皆様方だけで、先へお進みくださいませ」
案内人の巫女はそう言うと、音をたてぬようにそっと障子を引いて、ハルカたちを先に進むように促した。
ライゾウを先頭に中へ入る。
広く薄暗い部屋は、端まで見渡せないほどに広い。
周囲に人が潜んでいても、特殊な能力を持っているものでなければ察することは難しいだろう。ライゾウほどの武人ともなれば、なんとなく気配を察しているかもしれないが、少なくともハルカは暗闇の奥に人がいるかいないかなどさっぱりわからない。
御簾のかかった明るい場所を目指して、ライゾウが部屋の真ん中を真っすぐに進んでいく。
すると少し手前に座布団が並べられている場所があって、ライゾウはそのうちの一つに腰を下ろして胡坐をかいた。もう一人の侍とリョーガが正座をしていたので、ハルカは一応それに倣って正座をする。
「〈御豪泊〉が大名、鬼灯磊三が、神龍様及び、巫女総代殿に新年のご挨拶に参上した」
御簾の向こう側で影が僅かに動く。
「よくぞ参られた」
透き通った声は、落ち着いていて威厳があるように、ハルカには聞こえた。
雰囲気に誤魔化されているのか、そのような素養があるのか。
しかしライゾウは不愉快そうにピクリと眉を動かした。
「早速だが目録を読み上げさせてもらうぜ」
ライゾウの態度は挨拶こそ丁寧であったが、すぐにいつも通りに戻った。
そもそも巫女総代が、大名よりも偉いかと言えばそういうわけではない。
大名たちは巫女総代の裏にいる神龍に挨拶をしに来ているのであるからして、必ずしも巫女総代に対して敬意を払わなければいけないというわけではないのだ。
その辺りは、各大名と巫女総代との関係にもよるのだろうけれど。
少なくとも、ライゾウはサイカに対して敬意を払うつもりなどまるでなかった。





