大人しく帰ってね
「よーし、負けちまったものは仕方ねぇ。是非俺の泊まってる場所へ来てくれや。できる限りのもてなしをしてやるぜ!」
「いいや、儂の方へ来てもらおう。サイオン家は名門。この〈神龍島〉にも専用の屋敷を構えている。他では食べられぬような美食を振る舞ってみせよう」
「いや、俺のところで歓待させてもらう」
「いいや、サイオン家だ」
折角戦いが終わったというのに、もう二人ともがいがみ合っているのを見て、ハルカはあきれ果ててしばらく黙り込んでいた。
そして理解する。
おそらくこの人たちは、喧嘩とか争いごとが結構本気で好きなのだと。
殺し合いの戦争まで行くとどうかわからないけれど、この程度のいざこざは当たり前の日常と思っている節がある。
前に聞いた、お花見の場所取りで殺し合いが発生するというのは、あながち誇張表現ではないのだ。
とはいえ、平和に暮らしたいと望む者もいるのだろう。
本来はこのライゾウも、そう望んで、そんな世界を目指しているエニシに共感したはずだ。今の状態を見ていると、とてもそうは思えないが。
「あの、歓待は結構です。皆さん速やかに街へ戻って、喧嘩はしないように努めてください。私からお伝えできることはそれだけです」
「いやいや、それじゃあ面白くねぇだろう」
「ここは是非歓待させていただきたい! そうでなくばサイオン家の面目が立たん」
相変わらず身勝手な物言いに、ハルカは目を細くしながら首を横に振った。
「面白いだとか、面目だとか、色々事情はあるかと思いますが、やはり結構です。そもそも私は、争いごともしたくないところを巻き込まれているのです。さ、戻って下さい。私たちの陣営の言うことにけちをつけない約束です」
嫌なことまでやって勝利したのだから、せめて約束くらいしっかり守ってもらわなければ困る。
はっきりとした物言いで譲らないハルカに、強面の侍は気まずそうに眉をひそめた。
「む、約束……。……しからば……、失礼仕る……。拙者、サイオン家家老、西陣真鉄。この借り、何かあれば必ずお返しいたす」
「いえ、本当に結構ですので。どうぞお気になさらずお引き取り下さい」
マガネは納得いかなそうに口をぎゅっと結んだ。
しかしハルカの言っていることは至極正論である。
反論も思いつかぬまま、侍たちを連れてぞろぞろと去って行った。
やっと問題の一角がいなくなったところで、まだその場に残っているのが〈御豪泊〉の三人組だ。
しかも何やら連れの侍が、ぼそぼそとライゾウに耳打ちをしている。
「ライゾウ殿も、どうぞお引き取りを」
どうもこのままお付き合いをしていても面倒なことになりそうな予感がする。
普段ならまだしも、今の状態で余計な厄介ごとを背負うのはごめんだ。
「……いや、もちろん約束は守るんだが……、一ついいか?」
「…………駄目です」
「そこにいるの、リョーガじゃねぇのか?」
嫌な予感がしたハルカが精いっぱいの気持ちを振り絞って答えたというのに、ライゾウはあっさりとそれを無視して続きを話した。
リョーガはそれなりに背が高い。
ハルカたちの中に紛れていてもどうしたって目立つのだ。
戦いや話に集中していたライゾウならばともかく、見学していただけの侍ならば、その存在に気付いたっておかしくない。
先ほどの耳打ちはどうやらその件についてだったらしい。
「……ハルカ殿、無理言って申し訳なかったでござる。サイオン家の者も去って行ったことでござるし、後は拙者の方で何とかするでござるよ」
「お願いできますか?」
「一応、弁明しておくと、侍と言ってもあれほど喧嘩っ早い者ばかりではないでござる。今回の問題は、互いに因縁のあるサイオン家と〈御豪泊〉であったことと、拙者の父がライゾウ殿の横にいなかったことでござる……」
本当かなぁ、と思いながらハルカがリョーガの顔と、ライゾウの顔を交互に見てから、「そうですか」と小さな声で答えて頷く。
全然納得していないのはまるわかりだけれど、それも仕方のないことかとリョーガはいったん諦めた。だってどう考えたってライゾウが悪いので。
「まこと、申し訳ござらん……」
「おいおい、久しぶりの再会なのに、まるでそちらの家臣みてぇだな……」
「……ライゾウ殿、無礼は控えてほしいでござる。詳しくは明かせぬが、こちらにおわすのは大陸の貴き方でござるよ」
リョーガからすればハルカは友人であるけれど、それと同時に、大陸の広い国土を有する国王でもある。今は身分を伏せて〈北禅国〉の護衛と言っているが、本来の立場は逆で、〈北禅国〉の方が、実質ハルカに従っているという認識だ。
ライゾウはじょりじょりと青く伸びた髭を手のひらで撫でてから、リョーガをぎょろりとした目で見つめる。リョーガもまた、真剣な顔でその目を見つめ返した。
「そりゃあ、ちっとばかししくじったな……。喧嘩の理由にするにはまずかったか」
「当たり前でござる。父はどうしたでござるか」
「それだよ。二年前のことだ。〈西園国〉のやつら、新年の挨拶のために俺たちが揃って国を空けたとたん、攻め込んできやがったんだ。しかも念入りに他国まで巻き込んでな。犠牲者も千人近くでたんだぞ。だから今回は桜牙の奴は留守番だ」
ライゾウはサイオン家の人たちが去って行った方向を、苦々しげに睨みながら続ける。
「ようやく戦線は落ち着いたが、そっちがその気なら、こっちもどさくさに紛れて〈西園国〉の重要人物の一人や二人ぶち殺してやろうかと思ってな。……あれでも遠慮したんだぜ、そちらの知らねぇ客人がいたからよ」
どうやらライゾウにはライゾウなりの理由があったらしい。
何にしても【神龍国朧】が噂にたがわぬ危険な国だというのは確かのようである。
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