〈北禅国〉の現状
ハルカたちは使節の一員として、そのままの格好で〈神龍島〉へ乗り込むことになった。
大陸から招いた〈北禅国〉の食客たち、という名目である。
特に【神龍国朧】には、ダークエルフも獣人も暮らしていないから、そんな名目でも十分に信じてもらえるだろうとのことだ。
行成は見世物のように扱うことを申し訳なさそうにしていたが、それで言い訳が立つというのならば、ハルカたちに否やはない。
勝負は短期決戦だ。
エニシに用意してもらった〈神龍島〉内部の地図を改めて確認し、潜入するタイミングは実際に島に入ってから決めることになった。
現地に降り立って、下見がてらしばらく散策をしてから行動に移すのが理想的だ。
かなり最後の方の訪問になることから、挨拶の順番が回ってくるにはそれなりに時間がかかるであろうという推測である。
ちなみにエニシに関しては、昔ユーリに使っていた髪染めを持ってきてあるので、それを使ったうえで、薄布で顔を隠すように決めている。
挨拶の時などに外せと言われれば臨機応変に対応するしかないが、基本的には大陸から娶った行成の嫁候補だという形で押し通す予定である。それでも無理を言ってくるようであれば、宿で留守番をしてもらうしかないだろう。
小競り合いくらいは許されているらしいので、最悪喧嘩になる可能性もあるが、まぁ、その辺は今から気にしていても仕方のないことである。
さて、十分に計画を立てた後、皆が寝静まった後に大人たちは数人で集まってちょぼちょぼと酒を飲んでいた。どうせ明日以降も船で移動するので、〈神龍島〉へたどり着くまでにはまだ数日かかる。
茂木の帰りを待つまでに、という名目ではじまった小さな酒盛りは、その茂木が無事に兵士の選定を終えて帰ってきたところで本格化した。
〈神龍島〉に乗り込んで以降のことは、まだまだ船でも話し合う余地がある。
そちらも大事ではあるが、ハルカは行成が領主として戻ってきた後の〈北禅国〉の様子が気になって、行成に尋ねてみる。
「国へ戻ってきて、どうですか? 何か困っていることはありませんか?」
すっかり屋敷も直されているし、街にも活気があるように見えたが、あれからわずか半年程度だ。普通に考えれば立ち直っているはずがないのだが、〈北禅国〉全体はやけに潤っているように見えた。
「……それが、驚くほど順調なのです」
行成は複雑に表情を歪めて、着物の裾を握った。
順調ならば良いのではないかと思うハルカだが、そんな反応をされると心配になってしまう。
「何か、問題が?」
「いえ、そうではありません。問題がないからこそ、悔しいというか……」
「殿、それでは説明になりませぬぞ」
茂木が突っ込みを入れたところで、行成が苦笑して頭を掻いた。
「申し訳ございません。私たちが留守の間にマグナスの行なった方策が、実にまともであった、という話です。マグナスは今でも許せぬ相手です。しかし、政権を握った数カ月の間に、これまで〈北禅国〉で問題とされていた旧態依然の制度を、がらりと刷新したのです。税収の問題や、家臣との折り合いで進めることを躊躇っていた工事などが、全て着手されていました。私はお膳立てされていたものを、マグナスが決めたものよりも少しばかり緩い条件でそのまま発布するだけで、民からの評価を得ているような状況です」
「なるほど。マグナスもこの土地を起点に野望を広げようとしていたから、急いで国の改革に取り組んだ、ってわけか」
そう言ってイーストンが小さなお猪口を傾けると、茂木が「御明察」と合の手を入れる。
「雨降って地固まる、とでも申しましょうか。悔しいですが、マグナスという嵐は、〈北禅国〉に栄養をもたらした、と言っても過言ではないでしょう。……もちろん、この場にいない者にはこんなことは言えませんが」
行成の複雑な表情はそんな理由からだったのだろう。
にっくき敵があっさりと死んで、挙句塩を送られているような状態だ。
ハルカは気持ちを察することができても、かけるべき言葉を見つけられなかった。
「あ、しかしですね、おかげでハルカ殿への土産を選ぶだけの余裕があります! 今回の使節で奉納する品も用意できたと思えば、悪いことではないのでしょう。問題は私個人の感情だけですから」
「あ、確かにそうですね、はい」
行成はハルカの耳がやや垂れていることに気付いたのか、慌てて舵を切って明るい声で言い訳をする。若者の方に気を遣われたと気づいたハルカも、慌てて顔を上げて数度大きく頷いて同意した。
行成は咳ばらいをして続ける。
「とにかく、我が国の状況についてはご心配なく。兵士たちは少しばかり犠牲になりましたが、その代わりにオオロウ殿と話し合い、鬼族の方々と定期的にやり取りをするようになったことで、他国への牽制としております」
「あ、オオロウさんもお元気なんですね?」
オオロウは近くの島に住む鬼族の長であり、今レジーナが使っている〈アラスネ〉という武器を使いこなす戦闘巧者だ。
その実力は圧倒的で、特級冒険者の上位陣と比べても遜色ないほどである。
操られていたこともあって、仲間たちの下に戻ることを躊躇っており、未だに〈北禅国〉にとどまっているようだ。
「はい、港町の方で何かと手を貸してくださっています。爺、オオロウ殿に連絡は?」
「手の者を向かわせ、今回の使節に同行していただけぬか伺いを立てております。明日の朝までには返事がいただけるかと」
「オオロウさんも一緒に?」
「承諾がいただければ、ですが」
いるだけで圧倒的な威圧感があるオオロウである。
目立つガタイをしているので、同行してもらえるのならば行成たちの護衛に就いてもらうことになるだろう。
何にしても、とても頼りになる助っ人には違いなかった。





