エニシの不安、ハルカの不安
一応リザードマンの里に下りたハルカは、素早くドル=ガとの面会を果たし、伝えるべきことだけを伝えて旅立った。
伝えるべきことというのはもちろん、【神龍国朧】へ遠征するという話、ではなく、【致命的自己】と呼ばれる特級冒険者が来訪するかもしれない件についてである。
大丈夫だとは思うが、人柄を伝えての出発。
あとはもう、ドルを信じつつ、ユエルが無茶苦茶をしないことを祈るだけである。
同じように各所に降りる度に、ユエルの件については伝えつつ、〈北禅国〉を目指す。
〈ノーマーシー〉では、ニルがユエルの話を聞いてカラカラと笑い、ただ一人ウルメアだけは引きつった表情で対策をとてもとてもまじめな顔で聞いていた。
完全に怯えているようであったが、その辺りはこちらもやはり、ニルにうまくやってもらうしかなかった。
おそらく、コボルトたちについては問題ないだろうと、ハルカは勝手に思っている。
さて、今回初めて同行することになったタゴスであるが、こちらは行く先々で新鮮な驚きをしてくれて、〈ノーマーシー〉につく頃にはすっかり驚くという感覚が麻痺したようであった。
ラミアのエターニャを見ても「これがラミアか……」と呟いたくらいで、盛大に驚く気力も残っていないようであった。【竜の庭】のメンバーであるのなら、それくらいでちょうどいい。
ちなみにエターニャの方は、タゴスのたくましい肉体を気に入っていたようだが、それはそれである。
〈ノーマーシー〉を離れて更に南下。
空の旅は続く。
エニシは最初の殊勝な挨拶以来はすっかりいつもの調子に戻って、ああでもないこうでもないと、まだ起こっていないことに関して、ハルカと一緒に色々と想定を立てていた。
確かにある程度予測をしておいた方が、いざ何か起こった時の対応は早いのかもしれないが、逆にいえばそれをすればするほど、不測の事態で頭が真っ白になりかねない。
このメンバーの中では、そういった予測を立てるタイプは、ハルカとエニシ、それに付き合ってくれているカーミラのみで、他の面々は割とその場その場で対応するつもりでいるので、それらは話半分でしか聞いていない。
実はハルカもそれをわかっているのだが、それでもエニシの話に付き合うのは、エニシがエニシなりに自分のできることを精一杯やろうとしていることを認めているからだ。
そして、きっとエニシがそうすることで不安を和らげようとしていることも、なんとなくわかっていたからだ。
二人は少しだけ似ている。
エニシはハルカと比べると、態度は大きいしやや図々しい。
だが、実は内面が繊細で人のことばかり気にするという点で、根っこの部分が似ているようだと、ハルカは気づいていた。
ハルカがこの世界に来て少し変わったように、エニシも故郷を追い出されて少し変わった。
同じように少しずつ進歩している同士だ。
そんな仲間意識からなのか、ハルカがエニシの力になってやりたいという気持ちは、人一倍強いようであった。
もう一日飛べば〈北禅国〉へたどり着く、という日の夜。
島に一泊している最中に、エニシはいつものようにハルカに近寄って話しかけた。
毎日のように作戦会議をしているので、皆はまたそれだろうとあまり気にしていない。
くっついているカーミラと、近くで宝石を削っているモンタナだけが、話を聞いているような状態だった。
「ハルカ、提案なんだが……。……誰かの未来を視てみるというのはどうだろう」
「未来、ですか」
それはエニシの能力だ。
出会いがしらには、ユーリの未来を漠然と見ることができたので、ハルカ以外の者の未来ならば見ることができるのだろう。
だが、きっとそれはあまり意味がない。
「……止めておきましょう。あまり正確に直近の未来が視られるわけでもないでしょうし」
「そうか……、ふむ、まぁ、ハルカがそう言うのなら」
思い付きだったのだろう。
【竜の庭】の人々は、遊び半分でエニシに未来を視てもらうことはあっても、本気で視てもらおうとしたことはない。むしろ、アルベルトやモンタナなどの冒険者たちは、視てほしくないし結果を聞きたいとも思わない、とはっきり拒絶している。
そのことと合わせてハルカは、先日のユエルの『教えてもらうより、自分で見たほうが楽しいでしょ』という言葉を思い出した。
冒険者たちの多くはきっと、未来を知りたくなどないのだ。
未来を自分で切り開き、新たな発見があることを喜ぶ。
彼らにとって、未来視、予言は、決して楽しいものではないのだろう。
今のハルカは、その気持ちが少しだけわかった。
ただ、今回断ったのはそんな理由からではない。
エニシの未来視の結果がずれるようになった原因が、なんとなく、自分の存在にあるのではないかと考えているからだ。
自意識過剰ではないかと幾度か否定した考えではあるが、エニシの未来視が外れるようになったのは、ほぼハルカがこの世界に現れた頃と一致している。
エニシがハルカの未来視をすることができないのも、一つの理由だ。
だからきっと、一緒にいる仲間の未来を視たところで、その通りになる可能性は非常に低い。
「不安です?」
モンタナが手を止めて、ハルカを見てから、エニシの方を見た。
ハルカはそれだけで自分の心の中の不安を見抜かれたことに気付き苦笑する。
モンタナは見ていないようで良く見ている。
「うむ、まぁ……」
「何とかするために皆で来たです。そんなに心配しなくても、今出せる一番いい結果出すですよ」
「う、お、おお……。モンタナは……、見た目はかわいいのに、本当に大人でかっこいいことを言う……!」
見た目は少年であるが、モンタナはすでに二十歳の青年である。
素直に褒められていることは分かっていても、やや不本意だったのか、モンタナはいつも以上に目を細めてエニシをじっと見てから、無言で手元の工作に戻るのであった。





