斬れるもの
「お湯加減どうですか?」
「いい気分だ」
話も終わったところで、クダンから露天風呂を使っているかと聞かれたハルカは、作ってもらったことについてまだ礼を言っていなかったことを思い出す。
非常に重宝していることを伝えて、丁寧に礼を言うと、「そりゃあ良かった」とクダンもまんざらではなさそうだった。
今は『もしよかったら……』とハルカから提案してクダンに露天風呂を使ってもらっているところである。
湯船の傍で、ダバダバと魔法でお湯を流し入れるハルカを見て、クダンは「なるほどな……」と感心しただけだった。想定外の使い方をされていても、あまり気にしないらしい。
「しかし……、時代も変わったよな」
「どういうことです?」
「おー、若い奴らが元気に活躍してきて良いことだってな。南方の優秀な冒険者に、お前らの話したんだけど会いに来たか?」
そういえばいつだかこの拠点近くまでやって来た冒険者チームがいたことをハルカは思い出す。
中々に個性の強い集団で、おそらくリーダーのイェットを中心に、今は南方で宿をもって活躍しているらしい。
「イェットさんたちですよね」
「そうそう。変な奴らだろ」
「あー……、確かに個性豊かな方々でしたね……」
「面白ぇんだ」
クダンは声を抑えながら笑う。
こうして顔を見ないで話していると、なかなか朗らかな性格をしているようにも思えた。
「俺たちは見ての通り長生きしてんだろ。それで若い奴らの機会奪うのも良くねぇなぁって思ってんだよ。だからできるだけ、世の中のことは世の中の流れに任せてんだけどよ……」
やけに年寄りめいた言葉だった。
実際に百歳を超えているのだから年寄りには違いないのだが。
「まぁ、お前らみたいなのを見ると、それでいいんだろうなって思うぜ」
自分は若くない、と一瞬思ったハルカであったが、クダンたちと比べれば随分と若者だ。それに、そうやって評価してもらえていることは素直に嬉しかったので、あまり謙遜せずに正直に答えることにする。
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
「そうか? そりゃあ良かった」
そこからしばらく二人とも無言だったが、やがてクダンが「あー……」と葛藤の声を出してからハルカに話しかける。
「俺たちはよ、強くなっただろ。強くなれることが分かると、後から続く奴らって強くなりやすいみたいだな。できるって分かって挑戦するのと、できるかわからねぇって状態で挑戦するのは、随分と違ってくるらしい」
「ええと、はい」
ハルカはまだまだクダンが何を話したいか分からず、曖昧な返事をする。
クダンはそのまま話を続けた。
「俺たちの姿を見て、力を持った奴が好き勝手やって、たくさんの奴らが犠牲になった。神様はよ、人がちょっと力を持ちすぎたかもしれねぇって思ったらしい」
ここでどうやらクダンが今、先ほど濁した話をしてくれているのだと察したハルカは、静かにその話に耳を傾けることにした。
「俺ももしかしたらそうなのかもしれねぇなぁって思った。だから、世界をめちゃくちゃにしようとする奴がいたら、できるだけ止めてほしいって言われて、まあ、しょうがねぇかって受け入れた。責任感の強いカナも、よく分からねぇまま頷いて、あほのテトが対価を聞いて受け入れて、ユエルだけが断った。まあ、色々あるわな、人生なんてのは」
ハルカが返事をしなくともクダンの話は続く。
「俺はそれでももっと強くなりたかった。強くなることが、俺の生き方を支えてきた。それが悪いとは未だに思わねぇんだよな。でもまぁ、俺のせいで世界がめちゃくちゃになるって言われると、そりゃあ困る。俺にも守りたいもんは色々あるからなぁ」
「守りたいもの……、あります、私も」
「……だよな。ま、俺よりは随分と応用のききそうな力も持ってるみてぇだし、頑張って守れよ。ああ、あと一つだけ言っとく。俺は、お前のことを斬れる。世界に他に何人いるか知らねぇし、もしかしたらいねぇかもしれないけど、むやみやたらと攻撃食らいすぎるなよ」
「え、あ、はい、ありがとうございます。斬れるというのは……」
何にも傷ついたことのない体だ。
そんなことを言われると急に怖くなってくるハルカである。
「見りゃあ分かるんだよ、斬れるもの、斬れないもの。斬り難いもの、斬りやすいもの。容易じゃねぇよ。お前は世界で最高に、それこそ神とおんなじくらいに斬り難そうだ。だけど、斬れる。俺にできるんだから、他にもできる奴がいるかもしれねぇ。いねぇかもしれねぇけど。だから気をつけろよって言ってんの」
「あの、いそうですか?」
「あ?」
「クダンさんの見立てでは私のことが斬れそうな人、他にもいそうですか?」
「いや、知らねぇって。俺は見たことねぇけど……。ああ、あいつ、アルベルトとか筋が良いんじゃねぇか? まだまだだけど」
なんだかとても衝撃的な言葉を聞いてしまったが、どうやら自分のことを斬れる人はそうそういるものではないらしいと確認。
クダンと本気で敵対することなど、現状まずないであろうと考えたハルカは、ついでのようにもたらされたアルベルトに対する褒めに気づき、穏やかに笑った。
「アルは、筋が良いですか」
「おー、ありゃよくやってる。つーか、お前の周りにいる奴ら皆よくやってる。見るたび成長してておもしれぇ」
「そうですか……、そうですか」
「……嬉しそうだな」
「はい、それは、もう」
「そりゃあ良かった」
「あ、お湯加減大丈夫ですか?」
「おう、ちょっと熱くなるか?」
「はい、やってみます」
ハルカの嬉しそうな声色を聞いてクダンは少し呆れていた。
忠告の方が大事な話だったのだが、どうやらなんとなくでしか受け取っていない気配を察する。
相変わらずどこかずれたのんびりしたやつだなと思いつつ、それはそうと良い湯加減だと、クダンは空を見上げてゆっくりと息を吐き出すのであった。





