少しずつずれている
「お、戻ったのか。……客か?」
「あ、ただいま戻りました。こちら、えーと……、ユエルさんです。数日泊ることになるかもしれません」
「へぇ、俺はタゴスだよろしくな」
「よろしく」
「お、エルフか。しかしエルフのユエルっつーと……」
タゴスはユエルの名前を呼んでしばらく黙り込んだ。
そうして体をいつでも動けるように緊張させ、ユエルからは一切目を離さずにハルカに尋ねる。
「……特級冒険者の【致命的自己】じゃねぇよな、まさか」
「あ、そうなんですけど、本当に泊まりに来ただけなので心配しないでください」
「……知り合いか? 一応指名手配されてるぞ。まともな神経してる奴は誰も捕まえになんか行かねぇけど。分かってて連れてきたんだな?」
「はい、一応、はい、すみません」
やっぱりまずかったかとハルカがぺこぺこと頭を下げる。
ユエルはタゴスをじっと見ているだけで、今のところ動き出す様子がないのは幸いだ。
「ならいい……。あんた騙されやすそうだから、何か変なことに巻き込まれてんじゃねぇかと思ったぜ。知ってんならいいんだよ」
タゴスはハルカの返答を聞くと、息を大きく吐いて体の力を抜いた。
冒険者をしていればどこかの国と仲が悪いなんてことはあり得る話だ。
特に特級ともなれば仕方のないことである。
例えば以前やって来たカナだって、〈オラクル教〉とはバチバチに敵対関係であったのだ。
要は立場がどうではなく、敵か敵じゃないかの世界である。
「あ、そうですか……、大丈夫です。分かってて連れてきました」
「そんならのんびりしていってくれよ。竜がいっぱい飛んでるけど、あいつら襲ってこないから取って食ったりしないでくれよ」
「そうみたいね」
タゴスもまた拠点で過ごしていることが多く、飛竜たちと一緒に魔物狩りをすることがあるので、竜たちとの仲は良好だ。
飛竜たちは皆、森で拠点の仲間を見かけるとわざわざ降りてきて、何をしているのかとしばらくついてきたりするのだ。そんな時に獲物を分けてやれば喜んで、拠点にいる時も意味もなく顔を見せに寄ってきたりもする。
姿こそ大きいが、タゴスにとってもすっかりペット枠なのだろう。
そのまま拠点を歩いていくと、最初にやって来たのはナギだった。
どうやらユーリとモンタナに遊んでもらっていたらしく、珍しく頭の上に二人を乗っけており、揺らさないようにゆっくりとのしのし歩いてきている。
正しくはモンタナの頭の上にトーチが乗っているので、二人と一匹か。
そして途中で知らない人がいることに気付いたようで、数歩進んでピタリと止まる。
大きな図体をしている割に人見知りなのだ。
そこでユーリとモンタナが飛び降りて歩いてきたが、かなり早い段階でトーチはどこかへ隠れてしまったようだった。
「あ、ユエルさんと森で出会いまして、ノーレンさんが帰ってくるまでここに滞在したいそうです」
「お久しぶりです」
モンタナは数秒だけユエルを見つめてから、ぺこりと頭を下げる。
「……動きの良かった子。久しぶりね」
「モンタナです」
「ユーリです」
「ユエルよ。この子は?」
「あ、ええと、色々ありまして……、私たちの家族です」
「そう」
おもむろに手を伸ばしたユエルは、くしゃりとユーリの頭を撫でる。
子供も嫌いではないようだ。
そろりそろりと近寄ってきてたナギが近くまで来ると、ユエルはそちらの方も見る。
「あ、こっちはナギです。ユーリより年下で……、卵の頃から一緒にいます。あ、大人しくていい子です。噛んだり暴れたりもしないので、仲良くしてあげてもらえると嬉しいです。ここに住んでいる飛竜たちは皆そうですから」
「ふーん。…………あ」
ユエルはナギとしばし見つめ合っていたが、急に何かを思い出したように声をあげる。
「前に会った時、空飛んでいたわ」
「あ、そうでしたね」
「仲間だったのなら殺さなくてよかった」
ナギは目を泳がして、地面に伏せたままじりじりと後退していく。
「あ、ナギ、あの、おうちに帰っていても大丈夫ですよ」
ハルカがそう言ってやると、ナギはハルカとユエルの姿を交互に見ながら、そのまま五歩ほど後退し、空を飛んで自分のおうちへと戻っていった。
今のはユエルが悪い。
「……悪いこと言ったかしら」
「あの、怖がっていたので、殺すとか言わないであげてください」
「殺さなくてよかった、と言ったのだけど」
「まだ幼い子なんです。怖がりですし、人の言葉も分かってます。殺されたかもしれない相手を前にしたら怖がるに決まってます」
いくらユエルが相手でも、言うことは言わねばならない。
ハルカが真面目な顔をして話すと、ユエルは黙り込んで横目でハルカを見てから、そのままスーっと目を逸らす。
「ごめんなさい、悪気はなかったの」
「……あ、いえ、分かっていただけたならいいんですが」
普通に謝罪されて、これもまた驚きである。
「……少しカナに似てるわね」
「それ、誰かにも前に言われたような気がしますが……」
「似てるもの」
ハルカからすればカナは尊敬すべき人物なので、褒められているようで少しくすぐったい。
ユエルとしては、頑固で言い出したら引かなそうという意味で言っているのだが、言葉の意図というのはなかなかうまく伝わらないものである。
すれ違いを抱えつつも、四人は歩いて拠点の方へ移動し、間もなく到着。
拠点屋敷の中へ入ると、エントランスに置かれたソファーで、イーストンとカーミラが話をしていた。
眠たそうなイーストンに対して、カーミラが熱心に何かを話している。
「あなたも朝に起きて夜に寝る生活をしてもいいと思うの」
「影響受けすぎ。僕は……」
そう反論しようとしたイーストンは、ユエルの姿を見て黙り込む。
釣られて振り返ったカーミラは、まずハルカの姿を見つけて「お姉様、聞いて……」と言いながら立ち上がってその場に固まった。
「久しぶりね」
「そ、そうね、久しぶり、お久しぶりかしら! そうね!」
カーミラは落ち着きなく服を整えながら目を泳がせる。
反応がナギとそう変わらなかった。
「怖がられているのかしら、悲しいわね」
「いや……、どうでしょう……」
ハルカが苦しいフォローをしている間に、イーストンも立ち上がって挨拶をした。
「お久しぶりです。……とりあえず、そろそろ食事の時間だし、皆で集まって話しておいた方がいいかもね」
そうじゃないと誰かが会うたびに驚いてしまいかねない。
問題を避けるためにも、イーストンの言う通り早めに全員と顔合わせをしてもらうのが正解なのだろう。





