大事な話、一つ二つ
咳払いをしてから居住まいを正して、宣言をする。
「では、最初に伝えた大事な話についてです」
他の三人も背筋を伸ばしてハルカの方に注目する。周りから見ると、十代半ばの男女が真剣な面持ちで姿勢を正している姿は微笑ましい。
ここにはそれを茶化したり微笑ましく見守る者もいないので、そのまま話はスムーズに始まった。
「今日の試合を終えて、ナーイルさんが治療室にやってきた時のことです」
「確か帝国の将校って奴だろ。エレオノーラに肩を刺されたのに、自分は首への寸止めで勝ってたぜ」
「あ、そうなんですね。確かに負けたにしては怪我が軽いとは思っていましたが。凄腕なのでしょうね」
「んで、なんでそいつがユーリの話をするんだよ」
「はい、正確にはユーリの話ではないかもしれないのですが、別れ際に彼が、黒髪黒目の赤ん坊を探していると言ってきたんです」
アルベルトが剣呑な目つきになり、口を結ぶ。これはユーリ達を襲撃したのがナーイル達であると思い込んだためだった。
勘違いがあるといけないと思い、ハルカはアルベルトの様子を見ながらも話を紡ぐ。
「ただし、彼は知人の子供がさらわれたので、それを探していると言っていました。なので本当にユーリが攫われていて、それを探しているだけの可能性もあります」
アルベルトは、怪訝な顔つきになって首と体を一緒に傾けた。ナーイルが完全に悪者だと思っていたのに、そうではない話をされてよくわからなくなってしまったらしい。その素直な反応が好ましく、ハルカは微笑んだ。
「それで、なんて答えたのよ」
「ええ、私は、見たことはないですが、もし見かけたらお知らせします、と答えています」
「そう、じゃあどっちに転んでも大丈夫かしら」
コリンが顎を指でさすりながら思案顔でうなずいた。
「ユーリのこと以外を探してる可能性はないです?」
「モンタナは黒髪黒目の人を見かけたことがありますか?」
「んー……、ないです」
「ノクトさんにも確認しましたが、数十年前に一人見かけたことがあるきりだそうです。かなり珍しいと考えて間違い無いでしょう。それからナーイルさんはその赤ん坊のことを生後半年くらいと言っていました。私は彼が探している子供が、ユーリであると確信しています」
「みたいですね」
納得したのかモンタナもうなずいて、口をつぐんだ。
コリンが考えながら、アルベルトは傾いたままの姿勢でハルカの次の言葉を待つ。
「というわけで、ここからが相談です。私たちはこれからどうするべきでしょう? とにかくコーディさんには、このことを知らせる必要があると思うのですが、私たちが直接レジオンまで戻った方がいいでしょうか?」
「いい依頼が見つけられたら、戻ってもいいんじゃないかしら?」
「別に、戻らなくてもいいんじゃねーの? 手紙だけ送っとけば。っていっても、依頼があるなら俺も戻ってもいいぜ」
「手紙でいいと思うです。もし襲撃をしたのがグロッサ帝国だとして、ユーリを本気で探しているなら、追跡はこんなものじゃないです。念のため聞いて回ってるだけだと思うですよ」
誰も積極的にレジオンに戻ろうというものはいない。別にあの国が嫌いというわけではないのだけれど、せっかくお別れまでして出てきたのに、蜻蛉返りするのは面白くないという気持ちもそれぞれもっていた。
また、アルベルトなどは一度オランズに戻って旅の精算を終えて、昇級の確認をしたいともおもっていた。
二級以下の昇級の確認は、登録した町でしか行えない。一級特級ともなると、わざわざギルドの方から使者が派遣されてくるらしいが、そこにはまだまだ手が届かない。
アルベルトの場合、今回こなした依頼に加えて、武闘祭の決勝トーナメント出場という実績も残しているので、昇級には十分な期待が持てた。
ハルカはそれぞれの意見を聞いて、結論を出す。
「うーん、皆さんの意見を合わせると、手紙で十分、ってことですかね。では手紙を送ることにしましょう。……あのぉ、私郵便関係がどうなっているのかわからないので、どなたかにお願いしてもいいでしょうか?」
「あ、そっか、そういえばそうよね。じゃあ私がやるから、内容はハルカが書いてよね」
「はい、手紙は書いてきます」
ハルカは、冒険者として必要なものは少しずつ学んできたつもりだったが、社会の仕組みについてはまだまだ未熟な面が多い。
先日の薬師ギルドの話もあったので、次にオランズに戻った時には、そういったものの仕組みも学ばなければならないと考えていた。
そういった面でも、一度拠点に戻るという意見はハルカにとっても悪くない考えだった。
レジオンには曲者のコーディがいる。彼がユーリのことを気にしてくれている間は、それほど心配はないだろう。
ハルカに対して一風変わった依頼をしている彼のことだから、その縁のひとつであるユーリを無下にすることはないはずだ。
話が一段落ついたところで、ハルカが考えを巡らせていると、袖から石を取り出しながら、モンタナが小さな声でみんなに話しかける。
「オランズに戻ったら、パーティじゃなくて、チーム登録しないですか?」
顔を上げずに、いくつか床に置いた石を選びながらモンタナが言う。
チームを組むというのは、何か特別なことがない限り、そのメンバーでずっと依頼をこなしていくということだ。
パーティというお試し期間を終えて、本格的に自分達で冒険者としての道を切り開いていくことになる。
「ああ、そのつもりだったぜ。……あれ? 俺言ってなかったか? いいよな、それで」
アルベルトがキョトンとした顔で、モンタナとハルカを見て尋ねる。コリンの方を見ないのは、どうせ一緒にやるだろと確信していたからだ。
「……言ってないです」
モンタナが隣にいるアルベルトの腕を、やすりで強めに突いた。ハルカはそれを見て笑いながら答える。
「ええ、もちろんいいですよ。私もどこで提案しようかと思っていたところでしたから」