思い出
翌朝早くに目を覚ましたハルカは、城の中をふらりと散歩していた。
自由に歩き回っていいと言われているので、一応部屋らしく見えるところは覗かないようにしつつ、少し控えめの探検である。
日中でも城の中は暗いものだから、少し離れたところに光の玉を浮かべつつ、あまり元の部屋から離れないようにしつつ、という感じだ。
そうやってしばらく歩いていると、扉がつけられているのに、開けっ放しになっている部屋があることに気が付く。
覗いてはまずいかなと思いつつ、ちらりと横目で様子を窺うと、そこにテネブが立っているのが見えた。
テネブもハルカがいることに気が付いたようで、「おはよう。良かったらこちらへ」と声をかけてくれる。
「すみません、朝から勝手に歩き回って」
「いや、自由にしてくれて構わない。おとといの夜はモンタナ君がユーリ君と一緒に、昨日の朝はアルベルト君がコリンさんと一緒に探検していたようだからね。冒険者というのは好奇心旺盛なのだろう」
「あ、そうですか」
アルベルトよりモンタナが早かったのが意外だが、結局みんな気になって探検はしていたらしい。それならばカーミラを連れてきてあげればよかったかなと思うハルカである。
部屋に入ってすぐわかったことだが、どうやらこの部屋は絵画を飾るための部屋のようだった。壁に一枚の大きな絵画と、複数の小さな絵画が掛けられている。
一番大きな絵画に描かれているのは、手をつないだ三人の親子。
テネブとイーストンによく似た赤毛の女性。
これがおそらくヴェラだ。
その間にいるのはかわいらしい子供時代のイーストンだろう。
ヴェラは、イーストンとは違って、日に焼けた元気そうな肌色をしており、笑顔も明るく快活であった。しかし顔のパーツは瓜二つである。
表情と肌の色が違うだけで随分とイメージが変わるものだ。
「よく似ているだろう?」
「はい、似ていますね」
大切な人を見送ったテネブの気持ちがハルカにはわからない。
両親を失ったときに、随分と後悔はしたが、果たしてそれがテネブの気持ちに相当するのかは判断つかなかった。
そんなことを考える時点で、随分と親不孝な息子だと、ハルカは自虐気味に考えていたが、ふと隣にいるテネブを見れば、随分とおだやかな表情をしていた。
テネブは部屋にぐるりと飾られた絵画を、ゆっくりと歩きながら見て回る。
ハルカも静かにそれに続いた。
しばらくゆっくりと歩いてから、テネブはふと一枚の絵画の前で足を止める。
描かれていたのは二人の女性。
ヴェラと、おそらく今ではテトの秘書のようなことをしている、吸血鬼のシルキーであった。
「シルキーは長くこの島にとどまった方だね。この島で生まれた子でね。百くらいになった頃に、両親が旅に出てしまって帰ってこなかった。私たちは皆で家族のように暮らしていたから、決して寂しくさせたつもりはなかったのだけれど……、シルキーはどこか、そうだね、外の世界を嫌っていた気がするよ」
テネブが何かを語りたがっているような気配を感じて、ハルカはその邪魔をしないように静かに尋ねる。
「なぜでしょうか?」
「島の外の世界が両親を連れて行ったと思ったのかもしれない。しかし皮肉なものでね、それから四百年ほどしたところで、シルキーも島の外に出て行ってしまった。彼女曰く、『両親の気持ちがわかった』そうだよ」
ハルカが黙って話を聞いていることを確認すると、テネブは続けて口を開く。
「人の友を失うのが辛くなったのだそうだ。友人の子を見守ることを約束し、その子も亡くなり、孫も、ひ孫も見送った頃には、もはや人はそんな昔の話をしなくなる。だがそんな子たちに、ふとした時に友人たちの面影を見るのだそうだ。それが、辛いのだと。いつの間にか、どこを見ても亡き友人の面影を感じる島に生きるのは、辛いのだと」
「そうですか……」
シルキーにとってイーストンは、はじめにできた友人のなんだったのだろうかとハルカは考える。孫だったのか、ひ孫だったのか。
久々に見たイーストンに、彼女は何を感じたのだろうかと思う。
想像すると、心臓がきゅっと縮まるような寂しさを覚えた。
「私にはそれが、あまりぴんとこなかった。だが、ヴェラが年を重ねていくにつれて少しずつ理解ができたよ。だが、きっと私はこの先もずっと、今まで通りに生き続ける。思い出を重ね、時に思い出を増やしながら生き続ける。私が決めたことだからね」
テネブは淡々と呟く。
覚悟がすでに決まっているからこその、穏やかな呟きだった。
「シルキーは比較的早くに両親がいなくなってしまったせいか、人に尽くすのが好きだった。だから余計にかかわる人も多くてね。……話に聞くところによると、そのテトというギルド長とやらは、どうやら長命で世話のしがいがある人柄なのだろう? シルキーが、自分の居場所を見つけることができたようで良かったよ」
「はい、それはもう……。なぜだかシルキーさんが楽しそうに見えていた理由もわかりました」
「うん。島を出た吸血鬼が皆悲しみの中で生を終えたわけではないと知れて、それだけでも嬉しいことだ。……ああ、ゼアンも好き勝手に生きているのだったか」
しんみりと話していたテネブだったが、突然ゼアンのことを思い出したようでため息をついて苦笑する。
「あ、はい。でもあの、結構慕われていますよ」
あんなでもラミアたちの中では子もなしているし、ボディガード的に結構頼りにされている。
「あんな者でも役に立てる場所があったようで良かった。あれは、私よりほんの少し年下の吸血鬼でね、弟のようなものなのだ。本当に昔から仕様のない奴だったが、まったく……。しかし、まぁ、折角生きているのだ。ハルカさんのところが各国と自由に交流するようになったら、久々に話してみるのもいいかもしれないね」
「……やはり急ぐべきでしょうか?」
「いや、のんびりでいい。あと百年くらいは顔を合わせなくとも気にならない」
テネブがそう言って笑ったところで、ハルカもおかしくなって笑う。
しばらくそうして絵画を見て歩いてから、再び親子の絵画の前に戻ってきたところで、テネブはハルカに尋ねる。





