知らない乱入者
「なんか、視線感じるです」
モンタナが前触れもなくそう言って、ふいっと建物の陰に目をやると、何者かが引っ込んでいくのがハルカたちにも見えた。
「さっきの人たちでしょうか?」
「そうかもです」
「後で仕掛けてくるんですかねぇ」
「あたしがやるからな」
「ええ、まぁ、そういうことがあれば」
レジーナの宣言にモンタナが頷き、ハルカも了承する。
相手から仕掛けてくるのだから、多少反撃されても仕方のないことだ。
そもそも、ものを売る売らないは出品している側の自由である。
恨みに思うのはお門違いだ。
それだけ惜しいと思うほど、モンタナが良いものを作って売っていると考えれば、なんとなくいい話のようにも思えるハルカである。
それからもいくつかのアクセサリーが売れ、夕暮れ時となったところで店じまい。
あまりちゃんと見ていなかったけれど、それなりの収入はあったように見えた。
それよりも、モンタナが一つ商品が売れる度に満足そうな表情をしていることが、ハルカにとっては楽しかったのだけれど。
「おい、こっちから帰るぞ」
そう言ってわざわざ人通りの少ない道を選んでいこうとするのはレジーナだ。
今日一日我慢していたのだからと、モンタナと視線を交わして勝手に進んでいくレジーナの後に続く。
すると見事にそれに引っ掛かった昼間の商人が、護衛を連れてずらっと目の前に姿を現す。あちらからすれば待ち伏せだろうが、レジーナからすれば待っていたのだから怯むことなどない。
準備運動のようにブンブンと〈アラスネ〉を振り回しながら、商人たちへと近づいていく。
しかし商人は、その場にべったりと這いつくばると地面に頭をこすりつけて声を上げる。
「昼間は、し、失礼いたしました! 【竜の庭】の方々とはつゆ知らず、無礼な態度を……、こ、これは僅かではありますが、お詫びの……」
どうやらどこからか、喧嘩を売った相手がハルカたちであると教えてもらったようである。本気で震えながら金の入った袋を両手で前に差し出してきている。
これはちょっと、予想外の展開だった。
「あ?」
「も、申し訳ございませんでした?」
「ちげぇだろ」
「平に、平に……」
「んだこれ、おい!」
後ろにいる護衛を怒鳴りつけると、商人が慌てて「お前たちも!」と言って頭を下げさせる。全然脅すつもりも金を受け取るつもりもないのだが、すっかりハルカたちの方がカツアゲをしているような構図になってしまった。
「ざっけんじゃねぇぞ、おい、ボケこらてめぇ」
レジーナが髪の毛を掴んで商人の顔を無理やり持ち上げて目を合わせる。
「てめぇが仕掛けてきたんだろうが、あ?」
「あのー……、レジーナ……」
「んだよ!」
「いや、謝ってますし、多分もうやらないと思うのでここは一つ」
レジーナはいら立ちに体を震わせながらもパッと手を離して立ち上がる。
相当ストレスが溜まっていそうだ。
不完全燃焼だろうなぁ……とは思うが、これはもう仕方がない。
「この、くそ!」
レジーナは商人の頭の横に足を振り下ろして、それで何とか怒りを抑え込んだらしかった。
「やめたまえ!」
しかし、それを路地の奥から見ていたのがいたようだ。
ガッシャンガッシャンと音を立てながら、現場へと段々近寄ってくる。
「暴力をちらつかせ商人から金をせびり取る! これはカツアゲに違いない! 何たる悪事! これは見逃せない!」
「あ、いえ、これはそういうのではなく……」
「誰だてめぇ」
「言い訳無用! 世間の目は誤魔化せても、この神殿騎士第八席! 【鉄壁】プエル=ダックの目は誤魔化せない! 成敗!」
レジーナが商人たちを無視してユラユラと揺れながら近づいていくと、ここぞとばかりにプエルが名乗りを上げた。
一番争いたくない所属の相手だ。
本気で面倒なことになってしまったと、ハルカは慌てて言葉を連ねた。
「あ、本当に違うのでやめてください。私たち【竜の庭】の者で、神殿騎士の皆さんと争う気は一切ないんです。本当に厄介なことになりかねないのでやめてください、お願いします。話に聞いていませんか?」
「なんと! テロドス様から【竜の庭】の者たちは皆善人であると聞いている。騙りはなお罪を重くするぞ! 【竜の庭】の方々が、こんなに肩を怒らせてガンをつけてくるものか! ほら、今にも殴りかかってきそうだぞ!」
疑いながらも超至近距離までやって来たレジーナに手を出さずにいるのは大したものだ。あちらも万が一の場合を考えているのか、それとも全身くまなく鎧に覆われていることで安心しているのか。
「レジーナ、止めましょう」
「こいつが喧嘩売ってきてんだろうが」
「商人の人、ちゃんと説明してください、お願いします!」
「は、はい!」
ぽかんと状況を見守っていた商人だが、ハルカに言われると跳ねるように立ち上がった。
「き、騎士の方! わ、私たちが昼間に喧嘩を売ってしまったことを謝罪していたのです! この方々は何も悪いことをしていません!」
「む。むむむ、この状況は言わされている可能性もある。安心して本当のことを言うんだ。私が君たちを守ってみせる!」
「ホントです! 本当なので本当に勘弁してください! 帰って下さい!」
「人質をとられているのか?」
「そんなものいません!」
「むむむ」
「むむむじゃねぇんだよ」
しびれを切らしたレジーナが武器ではなく平手でプエルの頭を叩く。
「いやでも」
「でもでもねぇ。何もしてねぇって言ってんだろうが」
もう一度べしりと頭を叩かれると、プエルはまた「むむむ」と唸る。
反撃してこないあたり、本当に迷っているのだろう。
レジーナも相手が何もしてこないので、段々とやる気がなくなってきたようだ。
舌打ちを一つして「どけ」と言ってプエルを押しのけて先へ進んでいく。
追いかけるために歩き出したハルカは、困っている商人の横に立ち止まり、一応今回の件の清算だけしておく。
「相手が誰であれ、同じようなことしないでください。お金で解決できる問題ではありませんし、次があると思わないでくださいね」
「……は、はい」
ハルカはしばらく商人の目をじっと見つめてから、ごくりと唾を飲んだのを確認してその場を立ち去る。
急ぎ足でレジーナに追いつくと、後ろからがしゃがしゃと音がした。
プエルがついてきたようだ。
「本物かどうか見極めさせてもらいたい!」
「いいですけど……」
ハルカが消極的に承諾すると、モンタナが全身鎧を見上げながら尋ねる。
「偽物だったらどうするです?」
「成敗して官憲に突き出す!」
「じゃ、本物だったらどうするです?」
「めちゃくちゃ謝る! 謝る心づもりはもうできている!」
「そですか」
どうして強い人にはこう変人しかいないのだろうとハルカは思う。
大通りに出れば街の人々が声をかけてくれて、その度、プエルが「むむむ」と唸る。
街の拠点にたどり着く頃には、すっかり本物だと認定したのか、肩を落とし、心なしか小さくなってしまったプエルがそこにいたのであった。





