穏やかな入浴時間
コリンはしっかりしていて男勝りのように見られがちだが、その実自分の恋愛事情に突っ込まれると結構すぐに照れてしまうところがある。
帰り道もしばらくの間静かに照れていたが、別にまんざらでもない様子だった。
ただ静かに、エニシを抱き込んで、そのうなじ辺りに顔をうずめながら黙っていた。
エニシは恋をしたことがないので、コリンの気持ちはピンとこなかったけれど、なんだか幸せそうでいいことだなと思ったものである。
さて、帰りの寄り道は程々にしておかないと、またどこで事件に巻き込まれるか分かったものではない。適当に街から外れた所で一晩を過ごしながら、三日目の昼頃には、港建設中の村へとたどり着いた。
特に変わりはなく、漁も順調なようで、干した魚を土産に持たせてもらった。
そうして拠点まで帰ってきたところ、こちらも特に問題はなし。
いつも通りに報告を済ませて、ハルカは旅の疲れをいやすべく、露天風呂に湯を張っていた。
ハルカはお湯を注ぎながら、ぼんやりと考え事をする。
港では何の問題も起きていなかったのだが、一つだけ頼まれごとをしたのだ。
それは、港とその村の名前を決めてくれ、ということである。
考えてみれば、壁まで作ってある程度形になっているのに、名前を付けていないのは良くなかった。『名無しの村じゃあ愛着がわかねぇだろう』と、漁師のテセウスに文句を言われてしまったのだ。
どうしましょう、とみんなに聞いてみたのだが今のところいい案は出ていない。
「ハルカー、考え事?」
「ええ、村の名前をちょっと」
「難しいよね。ナギの名前を付けたのはユーリで……、宿はノクトさんだっけ」
「ええ、そうなんです」
「ね、私も一緒にお風呂入っていい?」
「えぇー……、駄目です。入るなら先にどうぞ」
ハルカが明らかに心ここにあらずなのを見て、隙と見て聞いてみたコリンだったが、それだけはキッチリ断られてしまった。
「なんだー、たまにはいいじゃんねー?」
「うむ、たまには良いと思うんじゃが」
コリンが同意を求めると、隣にいるエニシも深く頷いた。
どちらもお風呂セットを持って準備万端だ。
危うく引っかかるところだったハルカは、危なかったと小さくため息を吐いた。
「先に入ります?」
「ううん、一緒に入ろっかーって思ってきただけ。ハルカがのんびりしていいよ」
「そうですか、ではお言葉に甘えて」
二人が喋りながら拠点の方へ戻っていくのを見送って、ハルカは服を脱いでのんびりと露天風呂に浸かることにした。空気はひんやりとしているが、ゆっくりとかけ湯をしてから体をお湯の中に沈めれば、それに合わせて口から空気が漏れていく。
肌からじわじわと体が温まっていくのを感じながら、ハルカはこの風呂を作ってくれたクダンに感謝しながら空を見上げた。
まだ夕方にもならないような時間に、こうしてのんびりと風呂に浸かっていられるのは何とも贅沢なことである。
港町の名前をどうするか。
帰り際に必要な物資を聞いてきたので、明日以降に〈オランズ〉で買い出し。
それを持っていくまでに考えておきたいところだ。
ハルカはしばらくボーっと空を見上げ、『港だし、ポートかなぁ』くらいまで考え、いくつかの候補を頭の中であげて、結局それらしいものを決めぬまま保留とすることにした。
どうせ皆も色々と考えてくれているのだ、後回しでも構わない。
それから、しばらくのんびりしたら、次は何をしようかと考える。
一度アラクネたちの方がどうなってるか、確認をしておく必要はあるだろう。
〈オランズ〉の街の騎士たちの動向。これももう一度確認しておく必要がある。
近場での用事が済んだら、今度は〈ヴィスタ〉に行って、コーディと近況の共有をしてもいい。
一度ジーグムンドたちを回収して、巨釜山の優しい巨人、ブロンテスと会わせてやってもいいだろう。
少し季節が進めば、【ドットハルト公国】のシュベートへ行って、武闘祭を見学してみるというのも面白いかもしれない。
考えてみれば色々と思いつくものである。
それからハルカは口の辺りまで顔を湯の中に沈めて、ブクブクと息を吐いて遊びながら、自分の趣向も随分変わったものだと思う。
昔だったらとても武闘祭を面白そうだ、などとは思わなかっただろう。
アルベルトが参加していた時も、随分とハラハラしたものである。
ハルカはやるべきことからやりたいことに変わっていっていたことにハッと気づき、考えの路線を戻す。
他にもやっておくべきことはある。
本当にいい加減、イーストンの故郷である【夜光国】には挨拶に行くべきであろう。イーストンの父親はおそらく、イーストンが自分で思っている以上に親ばかだ。
もうすぐ百になろうかというイーストンを心配ばかりしているのだから、その大事な息子を預かっているハルカは、菓子折りでも持って挨拶に行くべきなのだ。
あとは南の【自由都市同盟】。
なんだかんだといって、招待されているのにまだ一度も顔を出していないのはこちらも同じだ。
「まずいなぁ……」
あまり深刻ではないように、ハルカはぽつりとつぶやく。
やるべきこととやりたいことが多い。
しかし、どれもが自分が選んで決めた結果であるからこそ、忙しくても辛くはなかった。
頭の上に影が差して、再び空を見上げると、中型飛竜たちを引き連れたナギが、空を悠々と飛んでいた。
帰ってきたばかりなのに随分と元気なことである。
ああ、明日から何をしよう。
ハルカは満ち足りた気持ちで目を閉じ、ドプリとお風呂の中に潜り込むのであった。





