相変わらず不健康
その場であまり今回と関係のないあれこれを話していると、急に工事現場が騒がしくなって、ややあってからしんと静まり返った。
見ればヴェルネリ辺境伯が、ウー=フェイとカタンを引き連れて、ハルカたちの方へ向かっているようだった。
そりゃあこの土地で一番のお偉いさんが現場付近までやってくれば、皆緊張もしようものである。
特にヴェルネリ辺境伯は、各地で罪を犯した者や、借金を作って返せなくなったような者たちを集めて働かせており、脱走者には厳しい刑罰を下している。
真面目に働いていれば待遇は悪くないのだが、どうしたって畏怖の念は抱くだろう。
特に、正規の兵士ではなく、土木作業をするような者たちの大半は、その元犯罪者や借金持ちのはずだ。皆揃って下を向いて、ヴェルネリ辺境伯が通り過ぎるのを静かに待っているようだった。
ただ、きっと彼らは知らない。
現場で働いている誰よりも、ヴェルネリ辺境伯こそが不眠不休で働き続けていることを。相変わらずの青白く不健康そうな顔色と、目の下にできた濃い隈が、それを証明していた。
「よー、久々だな、お前ら」
先に口を開いたのはヴェルネリ辺境伯ではなく、一緒にやって来たウーだった。
相変わらず臨時雇われ気分で働いているようで、雇い主への気遣いといったものはあまり感じられない。
「久しぶりだな、ウーのおっさん。あとで手合わせしようぜ」
「お、いいな、アルベルト。お前ら若いし強くなってんだろうなぁ」
わはは、と笑って大きな声で話す二人を無視して、ヴェルネリ辺境伯は更に距離を詰めてハルカたちの近くまでやってくる。
「久しいな」
「はい、お久しぶりです。……今回もあまり顔色は良くないようですね」
「前よりは休んでいる」
「治癒魔法をかけても?」
「頼む」
ハルカはとりあえず近づいて、肩に手を置いて治癒魔法をかける。
見る間に血色がよくなっていくのを見ると、やはり毎日無理をして暮らしているのだなぁと思う。
とても早死にしそうだ。
「あまり無理をすると倒れてしまいますよ」
「気を付ける。おかげで随分と楽になった」
怪しいところだ。
どうしてこう自分を大切にしないのかと思うが、会社で働いていた当時の自分にも、若干その節があったことを思い出すと、あまり強くは出られないハルカである。
「専属の治癒魔法使いを雇った方がいいんでしょうけど……」
「いたらいたで無茶するぜ、多分」
ウーが割り込んできてゲラゲラと笑う。
「でしょうね……」
体調が良くなったって、睡眠不足が解消されるわけではないのだ。
しっかり寝ないとパフォーマンスが云々と、いろいろ言いたいことはあるのだが、しっかりと領地を発展させているところを見ると、パフォーマンスは十分に発揮されているようにも思える。
まったくもって困った人であった。
「それで、用件は?」
「王都の方へ行ってきたので、折角だからと様子を見に来ただけではあるのですが、一応他にもお尋ねしたいことがあります」
「少しばかり時間をとろう。たまには休息も必要だ」
カタンが後ろで深く頷いているが、発言者であるヴェルネリは気が付いていないだろう。
当たり前のように草の上に胡坐をかいたヴェルネリに合わせて、ハルカたちも腰を下ろす。
「おい旦那。俺はアルベルトたちと手合わせしてくるぜ?」
「好きにしろ」
許可をとったウーは、アルベルトとモンタナを連れて少し離れた場所まで移動していく。
「すみません、お忙しいところわざわざお時間をとっていただいて」
「構わん。今やお前は王国の有名人だ。エリザヴェータ陛下の友であり、竜に乗った勇猛たる冒険者。……随分と暴れ者と伝わっているな。私の感覚と世間の感覚は少々ずれているらしい」
「噂話って誇張されますからねー」
「そうか」
ヴェルネリは事実を話しているだけ、といった感じで、噂自体にはあまり興味がなさそうである。
「それで、用事は?」
「はい、巨人についてです。この辺りで私たちが出会った巨人は、一人を除き人の言葉を理解していないように思えました。これはどの巨人でも共通なんでしょうか?」
「少なくとも私が知る多くの巨人はそうだが、もっと奥地へ行くと喋る者もいると聞いたことがある」
「なるほど……。そうすると、もしかすると、この辺りにいた巨人と、その奥地にいた巨人は別物なのかもしれませんね」
「そうだな。私たちが侵攻しても気にして様子を見に来ることもない」
たった一人、火を使ってカタンの部下たちを食べていた巨人だけが、人の言葉を喋っていた。となると、あの巨人だけが、その奥地から出てきた者だったということになるのだろう。
どちらにせよ、人を串で刺して焼いて食べるような巨人と仲良くするのは、少々難しそうだけれども。
「それだけか?」
ハルカが少し考えていると、ヴェルネリは拍子抜けしたような顔をして聞いてくる。まぁ、それだけわかればあとは自分たちで調べてみればいい。とはいえ、開発真っ最中の〈ディグランド〉の奥地まで行って、わざわざ大人しくしている巨人を刺激するのも問題だ。
この話の正体を突き止めるのは後回しである。
「ええ、まぁ。あとは、閣下がまた無茶をしてお疲れじゃないか確認しに来たくらいでしょうか?」
「そうか、わざわざすまぬな。……ああ、来たか」
話の途中でヴェルネリが振り返ってぽつりとつぶやく。
釣られてヴェルネリの見ている方へ目を向けると、何やら大きな袋を持った男女の二人組が近づいてきているのが見えた。
どこかで見たことのある顔。
誰だったかな、と考えていると、ナギが何やら低い声を出してハルカの後ろに顔を隠そうとした。絶対に隠れることなんてできないのだが、昔はよくこうして知らない人から隠れようとしていたのを思い出す。
そこから連想して近寄ってくるのが誰だか思い出したハルカは「ああー」と声を出しながら頷くのであった。





