待ち時間とユーリのお勉強
「報告をしてくるから、この辺りで待っているといい」
そう言ってカタンは作りかけの街の中へと消えていく。
作りかけの街、と言っても、まだ建物として完成しているのは、鍛冶場であったり、食料関係の倉庫や炊事場のようなものばかりだ。
最低限生活できるように準備をしたら、壁の建設を最優先しているのだろう。
外敵から身を守るためには当然のことであった。
待っているといいとは言ってくれたが、作業をしている者たちからすれば突然現れた巨大な竜は恐ろしくて仕方がないのだろう。みんな気もそぞろで、作業は停滞しているように見える。
カタンが立ち去る前に作業監督に何かしら伝えていったようであったが、それで恐怖が拭えれば世話はない。
巨人がはびこる土地で度胸がついたとはいえ、それよりもでかい竜が現れるとは聞いていないというものだ。
「なーんか、こういうの見てると、冒険者登録したばかりの頃を思い出すよなぁ」
アルベルトがのんびりと地面に座り込んで、壁の建設を眺めながら呟く。
「アルは毎日文句言ってたよねー。冒険者はこんなじゃないって」
「そうでしたね。あれはあれで、私は楽しかったですけど……」
「そですね、楽しかったです」
力があるから、それだけで周りの人が頼りにしてくれる。
それに、作業をすれば着実にものができてきて、仕事をしている実感があった。
今ならば魔法を使えば一瞬で終わるような作業も多い。
特に今目の前で行われてる穴掘りなどの工程は、ハルカならちょちょいと数日で全体を終わらせることができるだろう。
何でもかんでも手伝うのが正解というわけではないのでやらないのだけれど。
予定を狂わせたり、他人の仕事を奪ったりするのは決して良いことではない。
「ハルカくらい力持ちだと、引っ張りだこであったろう?」
「それがねー、結構現場じゃなくて内勤も多かったよね。商人の帳簿の手伝いとか」
「ほう、ハルカは学があるんじゃな」
「そうそう、実は計算とか得意なんだよね。その割に宿の帳簿つけ手伝ってくれないんだけど」
「なぜだ?」
純粋な疑問を向けられてしまい、ハルカはうっと答えに詰まる。
別に大層な理由はないのだ。
「……宿の財産がものすごい額になっていて、ちょっと、見ているとそれだけで緊張してしまうというか……。それに、コリンは結構楽しそうに帳簿をつけているので、任せてもいいかな、と」
「そうだけどさー。たまにはほら、こんなにお金たまったねー、とか話したいじゃん。皆興味なさ過ぎるんだよね」
「興味がないわけじゃないんですよ?」
一応たまにコリンに声をかけて確認はしている。
あまりこまめに目に入れたい額ではないけれど。
「そんなにあるのか?」
「あるよー。特にエリザヴェータ陛下からの支払いがすごくてー。多分今回もいっぱい貰えるんだろうなー」
コリンは今回の仕事の入金を想像して、ほぅっと息を吐いた。
なんだかやっぱり楽しそうだ。
毎度冒険者ギルドを通して支払ってくれるので、少しばかり時間はかかるが、コリンはそれも楽しみにしている。
「お金はあって困るものじゃないですからね」
「ハルカは困ってるように見えるけど?」
「困っているというか、なんか怖いというか」
今の状況からして身の丈に合わない、ということはないのだろうけれど、どうしたって円で換算してしまうとよく分からない額になってビビってしまう。随分とこの世界に馴染んできたというのに、その辺りの感性はなかなか馴染んでくれないものである。
目を逸らしてばかりいるので当然のことなのだが。
「うーん、ユーリってハルカに計算の仕方教わってるよね?」
「うん」
「よし、ユーリ。今度から私と一緒に楽しいお金の計算しよう!」
「いいよ?」
「あ、どうでしょう、うーん。子供のうちからあんまり大金を見ない方がいいじゃないかなと思うんですけど……」
「数字だから。大きな数字を計算するとお勉強になるし、何にどれくらいお金がかかるのか分かるのって結構大事だよ」
「そう言われると、そうなんですが……」
コリンのつけている帳簿を見れば、食料品や物資で毎月どれくらいの支出があるのかとかが分かる。さかのぼれば、家を建てる依頼料や、労働力の対価の基準なんかもばっちりわかってしまう。
社会勉強としてはかなり高度な部類になるだろう。
「そうだ、そうしよ。きーめた!」
「うん、お願いします」
コリンはすっかり乗り気で、ユーリも別に嫌なわけではなさそうだ。
冒険者たちが、数字にあまり強くないことは見ていれば分かることだ。
そんな中、コリンと同じくらいに数字に強くなれば、仲間に貢献ができる。
いずれ冒険者としてやっていくと決めているユーリからすれば、断る理由などどこにもない。教えてもらえることは、どんなことでも吸収していく所存だ。
そんな心持ちでたくさんの先生を持っているユーリは、いずれ何だって一人でできるようになることだろう。
ハルカたちと一緒に活動する分にはともかく、冒険者として独り立ちした時に、他の仲間を見つけるのには随分と苦労しなさそうなことである。





