指導者たちの交渉
エリザヴェータが『たち』と言った通り、全員が招かれて天幕の中へ入ることになった。アルベルトなんてあからさまに面倒くさがっているが、こうなれば一蓮托生である。
何やらエリザヴェータによるありがたく短い挨拶から始まり、話はすぐに本題に入る。ちやほやされてほしい者が相手であれば、エリザヴェータだって時間をかけて相手をしてやることもあるのだが、目の前にいる二人は、どう見たってそういうタイプではない。
「ここまで両国には多大な心労をおかけした。しかし、現地にやって来たからには我が軍がすぐにでも反乱軍を制圧してみせる。その際に両国の国土に足を踏み入れて戦闘することになるのだが、それだけ了承をいただきたい。両国の軍には、逃げたものが国内へ入らないよう見張っていただくだけで結構だ。矢面には王国軍が立とう」
そもそも王国の反乱軍が勝手に両国のはざまにある山を陣取ったのが始まりのこの戦い。エリザヴェータとしては早急に鎮圧し、南西方面に備えたいところだ。時間をかけないためにも、それぞれの軍で連携をして……、などという手間のかかることはしたくない。
もし王国軍が信用できないのであれば、両脇から見張っていればいい。
怪しい動きがあれば攻撃しても良いという、両国を信用し、完全に横っ腹を晒して戦うという宣言である。
非常に受け入れやすい提案であるはずだが、まずはベイベルが難色を示した。
「そもそも、反乱などが起こった経緯を説明願おうか。これからも繰り返しこのようなことが起こるのでは困る。今回は狭間の山に陣取ったからよかったようなものの、次は【テネラ】の森の中である可能性も否めん」
「ひとえに私の力不足だ」
そう言いながらもエリザヴェータは頭を下げず、そのまま話を続ける。
「王国には、人族以外を見下すという不埒な思想が広がってしまっていた。それを抜本的に改善するため、大本である貴族集団を叩いたところ、このような状況に陥ってしまった。しかし、此度の戦が終われば、そんな思想を持つ集団の多くは排除したことになる」
「それを信じろと?」
「そうだ。信じてもらう以外にはない。今すぐでなくとも良い。今後とも交流を続けていくことで、少しずつで構わない。百年、二百年とそれが続けば、いずれは良き隣人になれると、私は信じている」
圧倒的に自分勝手な物言いであったが、エリザヴェータはそれを堂々と言ってのける程度には、王国の国力を犠牲にしている。清高派は【テネラ】や【フェフト】にとっては良くない動きを見せていたが、国だけの事情を考えるのならば、なだめすかしながらうまく利用していくのが国政の常套手段だ。
エリザヴェータは、清高派の首魁たるマグナスの討伐と、その残党討伐のために、多くの兵士の命と、王国の財産を投じてきた。
全ては、理想と、今後の王国の方針を完全にぶれないよう定めるためだ。
その覚悟を信じろと、エリザヴェータはベイベルに対して胸を張っているのである。
「……なるほど。百年、二百年か」
ベイベルはその言葉を噛みしめる。
エリザヴェータが人の時間の基準ではなく、自分たちエルフの基準で未来を捉えていることに、単純に感心をしたのだ。
こういう細かな部分に本音というのは漏れ出てくるものだ。
「その頃には我もエリザヴェータ殿もこの世にはおらぬかもしれんが」
「それでもなお、三国の付き合いが今以上に親密になっていると私は信じるし、そうなるようにこれからも努める」
「その言葉、他の長老にも伝えて良いのだな?」
「むしろそうしていただきたい」
ベイベルの最後の確認にも、エリザヴェータは一切動揺することがなかった。
やましいことは一つもない。そんな風にしか見えぬ、見事な立ち回りである。
「分かった。【テネラ】は、王国軍の動きを静観しよう。ただし、力が必要になればすぐに伝令を出すといい」
「ご理解感謝する」
ベイベルの表情がやや和らぎ、こちらの話が手早く片付いたところで、今度はロルドが軽く手を挙げてプラプラと振ってみせた。
「こちらも話をいいかな?」
「もちろん構わない」
「エリザヴェータ殿は見守っているだけでいいという。しかし、【フェフト】としては、土地に入り込んだよそ者を、そのまま何もせずに帰すというのは気にくわない」
「指導者はこちらで厳しくさばかせていただくが」
エリザヴェータの返答は、意図を測りかねたのではなく、できればその話はしたくないという薄っすらとした拒否のようなものだった。
「そうではない。侵略者と交戦もせず、獣人族を舐められたまま返すのが良くない、という話をしているのだけれど、ご理解いただけるかな?」
「……無論」
「ご存じの通り、獣人族の一部の者は、長いこと王国で酷い扱いを受けていたものもいたようだ。過去のことを蒸し返すようで申し訳ないが、かつて王国は、国内にある獣人の村を丸ごと一つ滅ぼした上で、なかったことにしたこともあるとか。果たして、この侵略者たちは、人族に刃向かい、人族に負けて、獣人族を甘く見ないだろうか?」
「そのように対処する」
「エリザヴェータ殿」
ロルドはにっこりと笑った。
ロルドもエリザヴェータも、どちらもノクトの教え子だ。
緊迫した場面での腹の探り合いと、意思の強さと、前へ強く踏み込むくそ度胸は変わらない。
「そんなことは不可能だ。そうだな……、侵略者全員を処刑するのならば話は別だ。そうすれば、獣人族の国を侵略すれば、生きては帰れない、という話になる」
ハルカたちとのんびりと楽しく話していた時のロルドとはまるで別人だった。
その時は、エリザヴェータにも、王国にもそれほど悪感情を抱いていないという話だった。
それでもこうしてベイベル以上に譲らないのは、ロルドがしっかりと獣人国【フェフト】の王であるからなのだろう。穏やかな表情を浮かべ苛烈な言葉を吐くのは、正にノクトの教え子に違いなかった。





