若気の至り
エルフの古老であるベイベルは、ノクトを見た途端にシャンと背筋を伸ばした。
「ノクト殿か……。まさか竜の背でまみえることになるとは」
「お久しぶりですねぇ、ベイベル老。変わらずお元気そうで何よりですねぇ」
「ノクト殿こそ元気そうではないか。そちらは随分と大人びたか」
「お恥ずかしい話ですけどねぇ、流石に百年もたつとそうですねぇ」
「それは重畳なことだ」
ノクトの方はともかく、ベイベルの方は随分とピリピリとした雰囲気を纏っている。ハルカはロルドが何か知っているのではないかと横目で見たが、ロルドの方も視線を彷徨わせており、何も知らぬ雰囲気だ。
「こんなところで若い人と共にいるということは、人が嫌いでなくなったか」
「嫌ですねぇ、いつの話をしているんです」
「ふん。いつだかは、王国を滅ぼすと言っていた気がするが? 我はお主の捨て台詞をまだ覚えておるぞ。『足に根が生えたような老いぼれに言っても分かりませんか。精々森が焼け野原になってから嘆くといいでしょう』、だったか」
「いやぁ、若気の至りですねぇ……」
ふへふへと笑っているが否定をしないあたり、本当に言ったようだ。
「『うるせぇ、次口開いたらぶち殺すぞ』とも言ったな」
「それ多分ですけど、僕じゃなくてクダンさんですね。僕はそんな直接的なことは言いませんので。ユエルさんと一緒に里帰りした時とかじゃないですか?」
「……ノクト殿もあれの仲間であったと記憶しているが」
「あ、むしろその頃は僕、あの人たちとはちょっと対立してましたよ?」
ベイベルの方も百年も前のことだから、記憶が混ざってしまっているらしい。
なんだかすごく気になるような、聞きたくないような昔の話だなと思いながら、ハルカはイヤーカフを触った。今の話を聞くと、まだアルベルトたちの方が行儀が良くて礼儀正しい。
言葉より先に手が出るレジーナはちょっと不安が残るが、最近ではちゃんと色々と考えるようになってきているし……、とハルカは思考の中で少しばかり身内びいきをする。
「……あの時代の冒険者はどいつもこいつも礼儀知らずであった」
「僕もそう思いますねぇ」
「その点ハルカ殿とその仲間は、実に礼儀がなっている」
「ふへへ、そうですかぁ、ありがとうございます」
「なぜノクト殿が礼を言うのだ」
「ハルカさんが僕の弟子だからですねぇ」
ベイベルは一瞬固まってから、ノクトとハルカの顔を交互に見た。
「……そうなのか?」
「あ、はい」
ハルカが頷くと、ベイベルは額に手を当てて目を覆った。
受け入れがたい現実から目を逸らすか、受け入れるか悩んでいるのだ。
そしてそのままの姿勢で、エイビスに尋ねる。
「なぜその話をしなかったのだ」
「一度しようとしましたわ。ハルカさんと出逢った話をする前に、『ノクトという冒険者の方をご存じですか?』と尋ねたら、『そいつの話はするな』と、お爺様方が数名立ち上がったのでやめたんですの」
「……そうだった。すまぬ、我が悪かった」
その当時、過剰反応してしまったことをなんとなく思い出して、ベイベルは深く反省する。五百年以上生きているベイベルだが、森の中まで堂々と踏み込んできて、エルフの古老たちに向かって散々無礼なことを言ってきたのは、ノクトとクダンという冒険者だけであった。
見たくない顔、聞きたくない名前、堂々のワーストツーである。
「まぁまぁ、僕もほら、この通り丸くなりまして……。あの頃は大変申し訳ないことをしたなと、謝る機会を探していたんです。すみませんでした、この通りです」
障壁から降りて両足で立ち上がったノクトが、深々と頭を下げる。
ベイベルはそれでも渋い顔でため息を吐いただけだった。
「申し訳ない。【フェフト】の王としても、大爺様の無礼を謝罪しよう。どうか水に流してはいただけないだろうか」
ドン引きしながらノクトの過去の台詞を聞いていたロルドだが、流石に見ていられなくなったのか前に出て謝罪をする。心の中は、尖った時代のノクトと同じ世代じゃなくて良かったなぁという気持ちと、ベイベルに対するご愁傷様、という気持ちでいっぱいである。
「【フェフト】の王、ということは貴殿がロルド殿か。……オラクル様より豊穣の力を授かっているとか?」
「メイトランド家の者は、特殊な力を持つ者が多い。それは、大爺様も同じです」
ロルドがにっこりと笑う。
初めてのしっかりと頼りになる姿である。
ベイベルはもう一度深く深くため息を吐いて苦笑した。
「……ハルカ殿がノクト殿の弟子であったことも、きっと二柱の神のお導きなのだろう。これ以上うるさいことは言うまい」
「ありがとうございます」
ノクトが改めて軽く頭を下げると、ベイベルは首を横に振りながら続ける。
「ただし、我以外の長老のことまでは責任が取れんぞ。ノクト殿は【テネラ】には入らん方が良いだろうな」
「そうでしょうねぇ……」
「何したんだよ、爺」
その場にいる誰もが気になっていることを、アルベルトが素直に尋ねる。
「……秘密ですねぇ」
しかしノクトは、ベイベルと軽くアイコンタクトをしてから、首をゆっくりと横に振った。どうやらどちらのサイドからも、この話を聞き出すことは難しそうである。





