角の話
ハルカと、ついでに面白くなって便乗したコリンにすごいすごい、と持ち上げられて踏ん反り返っていたロルド。
その横で目を細めたノクトが、ねっとりとした口調で喋り出す。
「そんなすごい能力だからこそぉ人に明かしてはいけませんとぉ、僕はあなたがこぉおんなに小さなころから、ずぅうっと言ってきたつもりなんですけどねぇ」
人差し指と親指で小さな隙間を作ったノクトは、びしりと固まったロルドの顔を横からのぞき込んだ。
「……大爺様の身内だから特別にということに決まっているじゃないですか」
「まあ、そうでしょうね。そうでなければ困ります。どちらにせよ、国内で使うことはありますからねぇ。人の口に戸は立てられませんので、噂が広まってしまうのは仕方のないことです」
ノクトがあっさりと引くと、ロルドはほっとしたように息を吐いた。
余程昔厳しく育てられたのだろう。
その割には懲りずに楽しそうに暮らしているけれど。
これ以上注意されるのが嫌だったのか、静かに腰を下ろしたロルドであったが、ノクトが目を閉じてうとうとし始めると、そーっと移動してハルカたちの近くまでやってくる。
「余計なこと言うとまた爺に怒られるぞ」
アルベルトが笑いながら注意をすると、ロルドもニヤッと笑いながら口元に人差し指を一本立てる。
どうやらアルベルトも、単純で明るいロルドのことを気に入っているらしい。
「よく大爺様のことを爺だなんて言う。怖くないのか?」
「別に怒られたことねぇしなぁ」
「私はいつも怒られていたけどなぁ」
ロルドは胡坐をかくようにして座って、前後に体を揺らしながら不満そうに唇を尖らせた。とても王様とは思えぬやんちゃっぷりだ。しかも聞いた限り年のころは四十くらいだ。
やはり人格はある程度見た目に引きずられるらしい。
「その割に仲良しです」
「ん、うむ、まあな」
ロルドは頬を掻きながらどこか照れくさそうに答える。
モンタナの目からは、ロルドがノクトのことを信頼しているのがはっきりと見えていた。小さなころから知っているからだと言えば当たり前のことかもしれないが、厳しい怖いと言って、逃げ出そうとするほどなのに、喋れば案外仲がいいのがモンタナには少し不思議だった。
「これは秘密だぞ」
「ばれたら怒られる?」
「いや、どうだろうなぁ?」
ユーリは笑って尋ねると、ロルドも穏やかににっこりと笑った。
「私の能力は実に便利だ。世界中を見回せば欲する国は山ほどあるだろう。私はな、必要ならそんな国に赴いて、力を使ってもいいと思っていたんだ。だが、昔々に大爺様にこっぴどく怒られて止められた。私にはそれがなぜだかわからなくてなぁ、酷く反抗したんだ。ただなぁ、いうことを聞くものかと逃げ出しても、大爺様は必ず見つけて連れ戻すんだ。しかもその後ひどく叱られる。怖いだろう?」
ノクトがどう叱るのかはあまり想像がついていないハルカたちだが、とりあえず話の続きを促すために頷いた。
「ある時、上手く国外に出ることができた。……結果から言うと、そこで悪い大人に騙されて、角もぽきぽきっと両方折られて袋詰めにされたんだよな。それでも誰か困っている人たちの役に立つならまだいいんだが、そいつらは私の角を金に換えるつもりだったんだ。本当はそんな奴もいるだろうって分かっていたし、警戒していたつもりだったんだけどなぁ。あっさり騙されたよ。私は、ほら、箱入りで守られて育てられてきたからさ」
ロルドはその時、こんな力があるなら誰かのためにと思う気持ちを散々に踏みにじられた。苦い苦い思い出だが、悔しかったとか、辛かったとか、そんな泣き言めいたことは伝えず、話を続ける。
「……大爺様がね、助けに来てくれた。皆殺しさ。血塗れの大地の上で、返り血ひとつない大爺様が『無事でしたか……』ってだけ言ったんだ。安心したみたいにさ。怒らないし叩かなかった。障壁に乗せてもらって帰る途中にさ、色々話を聞いたんだよ。望む望まないにかかわらず、力があるものは力があるものとしての振る舞いを覚えないと、周囲が、何より自分が不幸になるって言われた。大爺様はずっと、俺のことを心配してくれてたんだよ。怖いけど、そういう人だってことは知ってる」
ハルカはそっとノクトの様子を窺う。
先ほどと変わらぬ姿勢で目を閉じているから、聞いているのか聞いていないのかわからない。でも、ロルドが語るノクトはなんとなく、ハルカの知っているノクトそのものであった。
「大爺様はさぁ、それ以来こっそりと、嘘の噂を流すようになった。自分の角を煎じて飲むと、不老長寿になるってね。私の角の噂を、それに置き換えようとしたんだ。私はあまり【フェフト】を出ない。だから自然と噂は大爺様の角のものに変わっていっていると思う。聞いたことない?」
「あー……、なんか昔そんなこと言ってたな」
「王国だとその噂信じてる人いるって聞いたです」
「やっぱりね。大爺様は噂のことを私に言わなかったから、私がそれを知ったのはここ十年くらいのことだけどね。私は別に、大爺様がエリザヴェータ殿と結婚したっていいと思ってるよ。それが大爺様の幸せなら【フェフト】王ロルド=メイトランドは、大賛成ってこと」
真面目顔をして話を締めくくったかと思うと、ロルドは最後にもう一度ニヤッと笑った。
「それはそうと、大爺様の困った顔も見てみたいのだけれど」





