ロルドの角
ノクトにそれほど怒られずにうまくやり過ごしたおかげか、ロルドはナギの背の上で元気に楽しそうに過ごしていた。獣人族の王と言えども、大型飛竜の背に乗って空を飛んだ経験はないらしく、きゃっきゃと子供のようにはしゃいでいる。
ノクトはしばらくそんなロルドのことを放っておいていたが、落ち着いて腰を下ろしたところで話しかける。
「最近国内の様子はどうですか? 変わったことはありませんか?」
「特に何も。ほら、この立派な角を見れば分かるでしょう?」
「そうですねぇ……、まぁ、また随分と伸ばして」
ロルドの頭に生えた鹿のような角は、途中でいくつも枝分かれした立派なものだ。
なんとなく威厳もあるような感じがする。
「角が立派だと何かあるんですか?」
言い回しが気にかかってハルカが尋ねると、ロルドは悪戯っぽく笑った。
「うーん、どうしようっかな。これは秘密だからなぁ……」
「あ、すみません。失礼なことを聞いてしまいましたか……?」
「え? いや……、別に……」
「どうも私は獣人の方々の常識に疎いようで……、申し訳ありません」
「あ、うん、全然そんな、気にしなくていい。あ、いや、むしろほら、教えてあげようか?」
「いえ、お気遣いなく」
話したそうにしているロルドに対して、ハルカはまた失敗したかと思い込んで、謝罪モードに入ってしまっている。ぺこぺこと謝っているのを、モンタナは黙って横から見上げ、見ていられなくなったコリンが、ポンとハルカの肩を叩いた。
瞬間ロルドが、ほっとしたような表情を見せたのに気づき、コリンはなんだかむずむずとしてきた。このロルドという王、表情がくるくると変わるので、つい意地悪をしたくなるのだ。
「……そうだよね。秘密って言ってるもんねー」
「あ、いや、別にそこまでの話じゃ……」
予想を裏切られたロルドがもごもごと言いながら、ハルカの他の仲間たちに助けを求める。アルベルトは剣の手入れをしていて気づかず、モンタナとは一度目が合ったけど、つーっと逸らされてしまった。
仕方なしに子供に見えるエニシまでロルドの視線が辿り着いたところで、こちらは困ったように笑い、コリンの腕をつつく。
「これ、あまり意地悪をするとかわいそうではないか」
「んー? 何の話かなぁ?」
別にここでコリンが仲を取り持ってあげても良かったが、エニシが反応したことで、コリンはあえて気付かないふりを継続する。遠く離れた国であったとしても、一国の王と縁を持っておくのはエニシにとっても悪いことではない。
コリンがエニシの顔を覗き込んで、ちらりとロルドの方に視線を送れば、エニシもその意図に気が付くことができた。
力を借りることはできなくとも、いつか平和になった時に縁があるだけでも色々と変わってくることはあるだろう。タイミングを窺っていた部分はあるが、あまり露骨に仲良くなろうとすり寄るのも違う。
コリンが良いパスをくれたことに感謝しながら、エニシはハルカに耳打ちする。
「……ハルカ、ロルド殿は本当は聞いてほしいのだ。本当は知りたかった、という感じで尋ねると喜んで教えてくれるぞ」
子供っぽいとは思っていたが、王様だからしっかりしているだろう、という考えのもと、そのパターンを考慮しなかったハルカである。エニシの言葉を聞いたハルカは、最初にロルドの顔を見てから、その横で笑いをこらえているノクトを見て、もう一度ロルドの方を向く。
「あの、もし教えていただけるのであれば是非……」
「うん、聞いてもらえるだろうか? 実はメイトランド一族には、特別な力を持って生まれる子供が多くて、私もその一人なのだ」
「そうなのですか」
体が小さい代わりに特別な力が、という話は以前にノクトから聞いたことがある。
ロルドもその例の一人であるらしい。
となると、何か角に秘密があって、戦いに有利な能力を持っていると考えられる。
ハルカはなんとなく、角が立派、という発言から、角の真ん中からビームのようなものが出る想像をしながら、じっとロルドの頭部を見つめる。
「さて、この角だが……」
「はい……!」
興味津々で見つめるハルカに、ロルドはなんとなく満足しながら嬉しそうに話を続ける。
「実はこの角は……」
「はい……!」
「うぷぷぷ」
「早く話しなさい」
しつこくやっていたところで、隣にいたノクトがロルドの尻尾を無造作につかむ。
「あ、やめて、分かったから。うん、この角は実は外せるんだよね。ちょっと痛いんだけど。グーッと力を込めると、ポロって落ちる」
「なるほど……? それを何かすると、その、武器になるとかですか……?」
「あ、ハルカってそんな感じでも冒険者だもんな。そういう発想になるよな……」
そんな感じってどんな感じだろう、とハルカは首をかしげるが、ロルドは何か納得したような雰囲気で一人で頷いている。
「取った角を不作の土地に挿すと、その辺り一帯の作物が元気になって、豊作になるんだよね。うん、なんか、戦いに役に立たなくてごめんね」
ハルカの口ぶりから、何かしらすごく強い何かを期待されたと思い込んだのだろう。ロルドの言葉には元気がなく、ちょっと落ち込んでしまっている。
「すごいじゃないですか!」
「あ、ホントに? ほんとにそう思う?」
「はい! すごいです。それに今角がしっかり二本立派になっているということは、ここ数年国内で誰も飢えていないということでしょう? とても素晴らしいことだと思います」
「そう!? そうだよね。ハルカは話が分かるなぁ!」
制限はあるにしてもまさに魔法のような能力だ。
驚いたハルカの素直な賞賛に、ロルドの尻尾がブンブンと振られる。
分かりやすい反応に、見ている方も思わず嬉しくなってしまい、ハルカは「ええ、本当に」と何度も頷いて答えてやるのであった。





