ロルドのちょっといいところ
ロルドはガーレーンの背中に向けて、子供のような悪口をしばらく繰り返したのち、そっと振り返ってノクトの様子を伺った。
先ほどと変わらずニコニコしているが、ロルドの推測によれば機嫌がいいわけではないはずだ。
「……私はエリザヴェータ殿からの手紙を受けて、大爺様の近況を想像し、ぜひとも協力させていただかなければと考えただけです。ちょっとばかり面白くて笑いましたが、間違ったことは何もしておりません」
「開き直りましたね」
「本当のことなので」
実際獣人国【フェフト】としては、同盟国であるエリザヴェータのちょっとしたお願いを聞くのは当たり前のことだ。
元々ノクトがエリザヴェータの教育係めいたことをしていたのは周知の事実であるし、ちょっとばかり個人的に大笑いさせてもらっただけで、対応自体は間違っていない。
という言い訳である。
「はい、その事情はわかりますよ。でも、手紙を読むたび笑っていたのは、僕が困った顔をしているのを想像してのことですよね?」
「……まさか。明るい未来を想像したら自然と笑いが込み上げてきただけですよ」
ロルドはノクトが顔を覗き込もうとしても絶対に目を合わせない。常に反対側を向いて、視線を上の方へ向けている。
まるで目を合わせたら石になってしまうとでも思い込んでいるかのようだ。
「本当に?」
「本当です」
「嘘をつくとひどいですよ?」
ノクトが右手を挙げると人差し指を立てて、ロルドの鼻先に突きつける。
ノクトは指先を少しばかり動かしながら魔法を行使することが多い。やっぱりごまかしが通用しないことを悟ったのか、ロルドはそれでも視線だけは逸らしながら姿勢を正した。
「大爺様の困った顔を想像して面白がってました!」
「それだけですか?」
「それだけって……それだけですけど。もしかして怒ってない?」
「怒りませんよ、そんなことで。まあ、少しは反省させるつもりでしたが、これで十分でしょう」
ノクトの想像する最悪のものは、ロルドがエリザヴェータの気持ちまでも馬鹿にしていることである。教え子だから云々は抜きにしても、同盟国の首長同士がそんな関係では碌なことにならない。
正直なところノクトは、エリザヴェータとの関係を、自己評価としても随分と滑稽なものだと考えているので、それを叱る気にはならなかった。
もちろん人を馬鹿にすることは良くないが、それもノクトとロルドの信頼関係があってこそのものであり、他の者にまで同じようなことをするわけではない。
ならばそれで十分だ。
「……大爺様……、その、やけに優しいけど、その、寿命が近いのか? 遺言?」
「んー……、なんで素直に人の優しさを受け取らないんですかねぇ。長いこと一人で【フェフト】をまとめている手腕を認め、せっかく水に流してあげようと思ったのに」
ノクトが指を振ると、見えない障壁がロルドの顔を左右から挟み込んで変な顔を作り出す。
「ごうぇんあはい」
「はい」
「……やっぱ弟子を持って丸くなったのかな。あ、なんでもない」
じろっと見られてロルドは口を閉ざした。
それからハルカの仲間たちの方を見て、腰に手をあて、胸を張って口を開く。
「獣人国【フェフト】国王のロルド=メイトランドだ。大爺様がいつも世話になっているな」
「あ、こっちの方こそお世話してもらってます」
「まあ大爺様は世話好きだからな。しつこかったら遠慮なく追い出して良いぞ」
「追い出されたら【フェフト】へ帰ってあなたを監視しますが」
「是非今後とも大爺様をよろしく頼みたい!」
軽口に釘を刺すと、ロルドはころりと態度を変えた。少し叱られたくらいで懲りるタイプではないらしいが、こんなやりとりは昔からなのだろう。
ノクトも本気で怒ってはいないようだ。
それがわかっているロルドは、続けて急に真面目な表情になると、一枚の紙を持ってモンタナの前へ歩み出た。
「ええと、それから……、そこのモンタナとか言ったか? 一応ここ数十年の間に【フェフト】から出ていった、メイトランドの血が流れる者たちを紙にまとめておいた。探す探さないは任せるが、せっかく書いたので受け取ってくれ」
「ありがと、ですけど……。この短い期間に調べたです?」
「ん? いや、国内にいる身内の動きくらいは全部頭に入ってる」
さらりと言ってのけて良いことではない。
おそらくメイトランドは昔から王であることが多いので、自然と身内の数も多いはずだ。
出先で間違いなく全て把握しているというのは、異常なことであった。
「優秀なんですよ、ロルドは。楽天的なだけで」
「本当に、すごいですね」
ハルカが褒めると、ロルドは「いやぁ」と言いながら後頭部をかいて照れた顔をしながら続ける。
「流石に国外の者たちが、何をどうしているかまではわからないさ。年齢を逆算し、モンタナがメイトランドの血を引いてるという仮説が正しいのであれば、その中に両親がいるはず。好きに役立ててくれ。……ま、どう見たってモンタナは私の身内だろう。知らなかったとはいえ、今まで捜索を手伝えなくて悪かったな」
「……相談してなかったですから、手伝えたはずないです」
「まあそうなんだけどさ。ま、今後は私でも大爺様でも、身内とでも思ってくれていいからな」
ロルドは手を伸ばして軽くポンと、モンタナの頭を撫でようとして、サッと避けられた。
「……あれ、私今いい感じじゃなかった?」
「モンくん、ハルカ以外相手だとあんまり撫でさせてくれないからなぁ」
「あ、ふーん、そうなんだ、ふーん」
何を勘違いしたのか、ロルドはハルカとモンタナを交互に見てニヤニヤとする。しかし、どちらからもじっとりとした目で見つめ返されて、「あ、ふーん、いや、何でもないけどね」と言いながら、すーっと目を逸らした。
この王様、少々立場が弱いことに慣れすぎている節があるようであった。





