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さて、ここからのロルドをほんの少しでも良い方向に導いてやれないものか。
そんなことを考えながら、ハルカはゆっくりと障壁を浮かしつつ、話しかけてみる。
「ロルド陛下は師匠のことを随分と意地悪と言いますが、その割には信じていらっしゃるのですね」
「信じる? 何をだ?」
「師匠のことを信じているから、弟子である私のことを信じるのでしょう?」
「……まぁ、そのような考え方もできるな。正直に言って私は、大爺様が意地悪だと思っているし、困っている顔を想像すると不思議と笑いがこみあげてくる」
これは駄目かもしれない、と思いながらハルカが黙って話を聞いていると、ロルドはさらに続ける。
「しかし、だからと言って信頼していないわけではない。大爺様はいつだって獣人族のことを考えてくださっているし、私を身内だと思ってくれている。厳しくされたのだって、半ば以上私のためであったとわかっているさ」
「……そうですか」
「とはいえー、自分の好きなように動いている時。つまり、大爺様が素直に自分の意思で何かをするときは、大抵意地悪であることは本当だ。優しさと意地悪さというのは同居できるのだ。あれは二面性の怪物。だからこそ困っているのではないかと思うと笑いがな、うぷぷぷ」
一瞬持ち直したかに思われたが駄目そうだった。
ただ、悪い王ではないのは話していればなんとなくわかる。
物事の本質的な部分を捉えるのが上手いのは、なんとなくエリザヴェータにも似ていた。
おそらくロルドも子供の頃に、ノクトと共に過ごした時間があったのだろう。
そういった経験をもとに、エリザヴェータの教育を施したのだと考えれば、立派な犠牲、いや、先例である。
「エリザヴェータ陛下は私の友人でもあるので、あまりからかったりはしないであげてください」
「さすがに隣国の王相手にそんなことはしない。……そもそも私は、笑ってはいるが、エリザヴェータ殿の気持ちはしっかりと汲んでいる。大爺様も公的でなくともよいから、懇ろになればいいのだ。そうすればエリザヴェータ殿は報われるし、私は翻弄される大爺様の顔を見て大満足と……」
そろそろナギの背中が見えてきたところで、ロルドは突然身を翻して障壁の上から飛び降りようとした。ハルカは一応柵のように周囲にも障壁を展開していたが、一瞬にしてそこに手をかけたのだ。
そして、見えない何かにぶつかってその場に崩れ落ちた。
「あの、大丈夫ですか?」
「ハルカ、お腹が痛くなってきたから帰してくれないか?」
かわいらしく目を潤ませながらハルカのことを見上げる仕草は、おそらく長年この見た目で暮らしていることによって身についた処世術なのだろう。
まぁ、かわいらしくはあるかもしれないが、おそらくそんなことをしているから、王様であるのに家臣に軽く扱われるのだ。実に親しみやすい王様である。
「ハルカさんも僕も治癒魔法が使えますからねぇ。心配せずにこっちに来てくださいねぇ」
ノクトの声が聞こえてからも、ロルドはハルカを見上げて待機する。
ここに一縷の望みを抱いているのだろう。
「あの……、降りてもいいのですが……。どっちにしてももう師匠の障壁から出るのは難しいかと。私としても、できることなら同行していただいて、エリザヴェータ陛下とお話をしてもらいたく」
「そこをなんとか」
「……できるだけ師匠が無理を言わないように庇いますので」
「全部聞こえてまぁすよぉ」
年寄りの癖に耳がいい。
獣人だからかもしれない。
ロルドは突然諦めたようにすっくと立ち上がると、咳ばらいをして衣装をぱっぱと手で払い、背筋を伸ばして凛と立ってみせた。そうしていれば立派な王様に見えないこともない。
「……大爺様、お久しぶりでございます。なかなか会いに来てくださらないので、どうされているか心配しておりました。〈ノクトール〉の者たちはもちろん、私も大爺様の帰還を心待ちにしております。そろそろこちらから探しに出向かなければならないかと、真面目に思案していたところでした」
「そうですかぁ、ではなぜ逃げようとしたんでしょうねぇ?」
「逃げようとしたなんてそんな。突然の再会に驚いて喜びのあまり飛び上がってしまったのです。大爺様も人が悪い。いらしているのなら、直接迎えに出てきてくださればよかったのに」
「急に出てきた方が喜んでもらえるかと思いまして」
「……御冗談を」
ロルドはこの外面の雰囲気のまま乗り切ろうとしているのだ。
弟子や仲間たちとはいえ、【フェフト】の国王面している間は、無体なことはできまいと一瞬にして作戦を立て、それに全力投球している形である。
そのままナギの背に到着すると、逃げ出そうというそぶりも見せず、ゆったりとナギの背に足を置いて、ノクトの前まで歩いていく。まだどこまで聞こえているかははっきりしていない。もしかすると、ぎりぎりのところがちょっとだけ聞こえただけかもしれない。
そんな希望を抱きつつ、キングスマイルでノクトに挨拶をする。
「大爺様、お変わりなくお元気そうで何よりです」
「はい、ロルドも元気そうですね」
穏やかでハートフルな親族のやり取りだった。
もしかしたらいけるか、そうロルドが希望を抱いたところで、ノクトは続けて口を開いた。
「ところで『どうせ大爺様は王宮になんか来ないから、大丈夫大丈夫』とは、どういった意図で発せられた言葉ですか?」
瞬間、ロルドは再び身を翻す。
ロルドとて獣人の王だ。
ナギの背から飛び降りるくらいのことは訳ない。
しかし、当然逃げる先は全て障壁で阻まれていた。
ロルドは平手で障壁を叩いて、すでに背を向けて遠くへ行っていたガーレーンに向けて叫ぶ。
「裏切り者ぉ!!」
その声は届いたようで、ガーレーンは一瞬振り返ると、軽く頭を下げてそのまま悠々と歩き去っていった。





