ロルド陛下
エリザヴェータが会談の場の準備をしている間に、ハルカたちはナギの背に乗って【フェフト】に向かうことになった。【テネラ】の方は、エイビスたちが一度陣へ戻り、長老たちへ事情を説明しておいてくれるそうだ。
話がスムーズに進めば、日が暮れる前に会談を始めることができるだろう。
いつも通り反乱軍たちがいる山の上空を通り、そのまま【フェフト】の陣地へと向かう。間もなく到着という時に、不意にノクトが声を上げた。
「あ、そういえば……。到着したら僕はナギの背中の上で待ってますので。ちゃんとロルドを連れてきてくださいねぇ」
前に訪ねてから五日が経過しているので、おそらくもう【フェフト】の王であるロルドも陣地に到着していることだろう。ノクトが滅多に自分のところにやってこないことに高を括って、エリザヴェータからの手紙に大笑いしていたらしいので、急に姿を現して驚かすつもりなのだ。
ハルカは、ノクトが『お仕置き』という言葉を口にしていたことを思い出し、こっそり教えてあげたほうがいいのだろうか、などと考えながら曖昧に頷いた。
さて、陣地に到着しても、前回のように獣人たちが一斉に襲い掛かってくるようなことはない。
現れたのはガーレーンと、鹿のような立派な角を生やし、もっふりとしたモンタナに近い尻尾を生やした少年であった。それがロルドなのだとすれば、少年と称するには随分と年を重ねているはずだが、見た目は青年に届かないくらいの年齢に見える。
身長はハルカより少し低いだけなのだが、くりっとした大きな瞳がその姿を幼く見せている。
「ほー、これが聞いていた大型飛竜かぁ! でっかいなぁ、ガーレーン!」
「そうですね」
水色の髪の毛を後ろで編んでいるその獣人は、ナギを見ると両腕を前に差し出して楽しそうに笑う。そうして何の躊躇もなくずんずんと歩み寄ってきた。
上から見下ろすのも失礼かと、ハルカが急いでナギの背から降りると、その獣人の少年は駆け足で近寄ってきた。真後ろにはぴったりとガーレーンが続く。
「君がハルカか! 聞いたぞ、大爺様の弟子なんだって? あの人は意地悪だろう。いやなことがあって苦労しているなら、逃げてうちに遊びに来たっていいぞ。きっと愚痴を肴に楽しく話ができる」
ハルカは一瞬チラリとナギの上の方を見上げてから苦笑する。
なんとなく、ノクトがニコニコと耳を澄ませている姿が想像できた。
「ありがとうございます。私はハルカと申します。仰る通り、ノクト師匠の弟子をしています。いつも良くしてもらっているので、愚痴なんてありませんよ?」
「嘘だろう!? 大爺様の八割は意地悪でできているんだぞ!? 無理せず本音で話すといい。……ああ、そうだ、名乗り忘れていた。私が獣人国【フェフト】の王、ロルド=メイトランドだ」
やはり国王本人であったらしい。
それにしては迂闊だけれど、きっとそういうところも獣人たちから愛されているのだろう。
ただ、ガーレーンは本当にノクトが来ていることを国王に秘密にしているようだが。愛されてはいるが、畏れられていないということか。おそらくガーレーンにとっては、ノクトの方が怖いのだ。
「本当に良くしてもらっています。そもそも私がお願いして師匠になっていただいたのですから、愚痴なんて……。時には意地悪もするかもしれませんが、師匠は大抵誰かのために動いてますよ」
「えぇ……、ハルカはちょっと性格が良すぎるのかもしれないな……。あーっと、いや、こんな話をしてる場合じゃない。またやって来たということは何か話があるのだろう?」
頭はしっかりと切れる方なのか、一通り雑談をしたところで、ロルドはコロッと話題を切り替えた。これくらいフランクに話を進めてくれると、ハルカとしても会話がしやすい。
ノクトのことは悪く言うが、なんとなく、ハルカ個人としては非常に好感度の高い人物である。
「はい。エリザヴェータ陛下が、【ディセント王国】の軍と共に到着しました。エリザヴェータ陛下は、【テネラ】の長老とロルド陛下をお招きして、一度会談の場を設けたいと考えているようです。そのお迎えに参りました」
「というと……」
ロルドは顎に手を当てて何かを考えるようなそぶりを見せる。
流石にいきなりこっちに来いはまずかったのかもしれない、とハルカは思い、必要とあらば、ノクトを呼んで説得してもらうことも視野に入れる。
「この大きな竜に乗っていいのか……?」
色々と考えていたハルカだったが、ロルドの口から出た言葉は至極シンプルなものだった。嬉しそうに目も輝かせている。
実に表情豊かな王様である。
「もちろんです。この子はナギという名前なんですよ」
「ほう、ナギ。いい名前だな。よし、ガーレーン、私はついていくぞ」
「……私はここに残る必要があるのですが」
「残ればいいだろう。私はこのハルカという人物に護衛でもしてもらう。大爺様の弟子だというのだから信頼できるはずだ」
「…………私はそれで構いませんが、本当にいいのですね?」
「何だその言い方は。良いと言っているだろう。さ、ハルカ、竜の背に乗せてくれ」
ガーレーンの最終確認は、ノクトがいるけど大丈夫か、という親切心から出たものだったのだが、ロルドは不満そうに口を尖らせただけだった。ガーレーンはそんなちょっと間抜けなロルドの反応を見ると、肩をすくめて「ハルカ殿、陛下をよろしくお願いします」と言った。
もう知らないぞ、とさらりと見捨てた形である。
それにしても、ノクトの文句をさんざん言う割に、このロルドという王は、随分とノクトに信頼を寄せているようでもあった。弟子であると言うだけで、ハルカに命を預けるのだから、よほどなのだろう。
二人の関係がどんなものなのかちょっとハラハラしていたハルカであったが、こういう話ならば特に問題はない。
足元に障壁を出したハルカは、自分がその上に乗ってロルドを招く。
「どうぞ。ナギの背中までご案内します」
「おお、これは確かに大爺様の障壁の魔法と一緒だな。いやぁ……、あの意地悪大爺様が本当に弟子なんて持ったんだなぁ。エリザヴェータ殿とはなんだか、ぷふぅ、だし……。いやぁ、大爺様も年を取って丸くなったということか、うぷぷぷ」
ロルドは楽しそうに笑う。
この先に噂の大爺様がニコニコしながら待っていることも知らずに、ロルドはうぷぷ、と変な笑い方を続けていた。





