獣人国【フェフト】という国
「しかしなんですか、エリザヴェータ殿は、【フェフト】が、【ディセント王国】を嫌っているとお思いですか?」
「嫌われている、というか、嫌われて当然だ、と思っているように感じました。私の主観ですので、あまり本気で受け止められても困りますが……。実際はどうなのでしょう?」
歴史的なものを考えれば、そういった傾向があってもおかしくないのではないか、とはハルカも思う。だが、ガーレーンの態度からは、どうも王国への隔意のようなものは見えてこない。
「いやぁ、どうなのでしょうね。上層部は王国の一部が、しばらく前に我々を下に見ているという話を聞いてます。しかし国で暮らすほとんどの獣人は、国から出ませんから、王国人と会う機会などほとんどない。知らん者に好きも嫌いもないでしょう」
「なるほど……。しかし、逆に上層部はあまり良く思っていないのでは?」
「良く思ってなかったでしょうねぇ。しかし、先代国王からは妙に親密な手紙が来ていましたし、当代のエリザヴェータ殿からも同様です。聞けば、国内の獣人を見下している勢力と戦っているとか? 今回の反乱軍も、そんな奴らなんでしょう」
「そう、ですね……」
ハルカが思っているよりもずっと、【フェフト】の上層部はずっとしっかりとしている。獣人族の一部はかなり喧嘩っ早いのは確かだが、その分冷静に考える者もちゃんといるということだ。
どうしたってシチュエーションの問題で、ハルカたちが喧嘩っ早いのばかりと出逢ってきた、という側面もある。
ハルカがなるほどと思いながら何度か瞬きをしていると、ガーレーンは「それにですね……」とちらりとノクトの方を見た。
「ハルカさんはご存じかもしれませんが、ノクト様は一応この国の重鎮なんですよ。三代前の国王陛下のご兄弟が、先代のディセント王と懇意にしていて、今代の女王とも仲良くしているというのです」
「僕、そんな話しましたっけ?」
「……ノクト様が行方をくらましている間に、幾度か陛下の下にエリザヴェータ殿から手紙が来ているのですよ。熱心にノクト様の行方を探されており、随分と心配されていたようですよ。恐れながら、あまり仲の良い女性を不安にさせるものではないと思います」
どうやらエリザヴェータは、しっかりと周りの堀も埋めていくタイプらしい。
ノクトのことを恐れているガーレーンですら忠告を発するくらいなのだから、よほど熱心な内容であったのだろう。
「…………知らない話ですねぇ。なんでガーレーンがそんな手紙の内容を知っているのです?」
「手紙に、周りの者に伝えて少しでも情報があればすぐに知らせてほしいと書いてあったのです。陛下の周りの者は皆知ってます。私はまぁ、年の差も種族の差も、互いの気持ちがあれば良いのではないかと思います」
「行方知れずで心配をしているという手紙なのですよね?」
「まぁ、それにしては熱量がすごく、度々送られてきていたので。陛下も大爺様に恋の季節だと手紙が来るたびに大笑いしておりました」
「大笑い、ですかぁ……」
ガーレーンは意味ありげなノクトのつぶやきを聞いて、一瞬目を逸らしたが、すぐに戻ってきてぽりぽりと頬を掻いた。
「あまりに笑って楽しそうにしているので、ばれたらお仕置きされますよ、と私は進言しました」
「ロルドはなんと?」
「陛下は『どうせ大爺様は王宮になんか来ないから、大丈夫大丈夫』と、楽しそうでした」
【フェフト】の現国王の名前はロルドというらしい。
ノクトと同じ一族ならば、ロルド=メイトランドか。
「お尻叩きに行きましょうかねぇ」
「陛下ももう四十になりますので、できれば皆の目がないところでお願いいたします」
どうやら獣人国の身分というのは、かなり緩いものであるらしい。
将軍であるはずのガーレーンが、自分の身の安全のためにあっさり国王を生贄に差し出した。
そして、国王がノクトにお仕置きされるのは、特段珍しい話ではないらしい。
「ここには来ていないんですか?」
「あと数日したらいらっしゃいます」
「なるほど……、僕がここにいることをロルドには秘密にしておいてください」
「承知いたしました」
ロルド国王は、やはりあっさりと将軍であるガーレーンに売られてしまった。
おそらく万事こんな感じなのだろう。
獣人の国というのは、愉快というか、ずいぶんとのんびりとしたお国柄のようである。
ノクトが領地にずっといないことがとんでもないと思っていたハルカたちだが、これはもしかすると、たまに帰って真面目に仕事をしているくらいでちょうどいいのかもしれなかった。
「ところで……、ずっと気になっていたのですが……」
「なんですか?」
「こちらの緑髪の子は、ノクト様のお身内ですか?」
「違うです」
「ああ、そうですか。それは失礼しました」
かなり素早くモンタナが否定したお陰で、ガーレーンはあっさりと引き下がる。
「多分遠い親戚だと思うんですけどねぇ」
「そうですね、おそらく」
「そんなに似てるですか?」
二人の会話を聞いたモンタナが、不思議に思って首をかしげると、ガーレーンは大きく頷いた。
「まずお二人の顔立ちが似ていますし、メイトランド家には何かしらの力を持ち、小柄な方が多いのですよ。……モンタナ殿は【フェフト】の出身ではないようですね」
「……【ドットハルト公国】で拾われたです。だから、生みの親は分からないです」
「不躾なことを聞いてしまったようです。申し訳ない」
「気にしないです」
ガーレーンは謝罪しながらも何かを考えているようだったが、モンタナがあっさりと謝罪を受け入れたことからも、その内容が悪いことではないのははっきりとしていた。





