ノクトの優しい対処法
「この辺りからは【フェフト】ですかねぇ、一応」
ノクトが地表を見下ろしながら呟くと、アルベルトたちも地面を覗く。
「じゃ、今まで飛んでた山の辺りは【テネラ】だったってことか?」
「いえ、正確にはこの辺りの境界線は曖昧ですねぇ。【フェフト】も【テネラ】も、用事があって山に登っても、適当なところで帰ってきます。互いに領土とか、あまり気にしてないんですねぇ」
「へぇ、適当なんだな。ま、その方が楽だもんな」
「はい。互いに領土を拡張しようという意識がないんですよねぇ……。ただ、王国に関しては怪しい部分があったので、そこの境界線ははっきりしています。だから、反乱軍が陣を構えている山が、王国の領土ではないということだけははっきりしています」
なんとなく、これまでの三国の関係が分かるような話であった。
なんとなく納得しながらハルカたちが話を聞いていると、山の合間を抜けた平原に、簡易な住居のようなものがたくさん立っているのが見えてきた。
山から下りて【フェフト】側に抜けようとすれば、通り抜けなければならない、国の玄関口のような場所だ。最近建てたのか、一応隘路を塞ぐように壁も作られている。
エルフたちと同じように、軍が集まっている、というよりは、戦える獣人たちが集合して何かあった時に備えている、というような印象を受ける布陣であった。
エルフの国とは違って平地も多い獣人の国は、降りる場所には困らなさそうだ。
「適当に人のいないとこ降りちゃっていいですよぉ」
「大丈夫ですか……?」
「まぁ、大丈夫でしょうねぇ」
「そうですか、では……、ナギ、少し飛んで、人がいなくて広そうな場所に降りましょう」
ナギはのんびりと飛びながら、獣人たちが上を見上げて来るのを観察していたが、ハルカに声をかけられると軽く返事をしてちょうどいい場所をさがす。
ナギは気になるものがあるとよく地表を見るのだが、他に空を飛ぶものがあまりいないので、ぶつかったりすることはないようだ。一応鳥が飛ぶような場所よりは高い場所を飛んでいるのだが、万が一ぶつかりそうなときは器用に避ける。
空を飛ぶときは特に、障害物には敏感になっているようだ。
着陸後、獣人たちの陣の方へ歩いて向かっていると、向こうからも集団がやってくるのが見える。皆一様に武器を手に持ち、戦意たっぷりだ。
「あの、なんか皆さん戦おうとしてませんか?」
「そりゃあそうですよぉ。勝手に領土に降りたんですから」
「お、じゃあやるってことか?」
「やるです?」
アルベルトとモンタナが武器を抜く。
もちろん殺し合いをする気はないが、そのままやられるつもりもない。
獣人の戦闘部隊ともなれば、かなりの腕を誇っていると考えてよいだろう。
腕試しになることは間違いない。
「あの、大丈夫だって話でしたよね?」
「うん」
「さすがにちょっと……」
ハルカ、ユーリ、エニシにコリンにまでじっと見つめられ、ノクトはふへふへと笑った。こちらは余裕である。
「でもまぁ、大丈夫です。ちょっと話をしてきますねぇ」
ふわり、と障壁に乗って浮かんだノクトは、ハルカたちに先行する形で獣人たちに近付いていく。一部はノクトが近づいていくのを見た瞬間に、ぎょっとした顔で足を止めたが、他の残りは「っだおらぁ!」「てめぇからか!」などと元気な雄たけびを上げながら、ノクトに襲い掛かっていく。
「はぁい、皆さんお話ししましょうねぇ」
ノクトが両腕を上げて大きく左右に振って話しかけているが、一部の獣人たちは止まらない。後ろから「馬鹿、やめとけ!」とか「もどれ!」と声が上がるが、進んでいく獣人たちもやる気たっぷりで雄たけびを上げているから、そんな声は聞こえない。
「元気でいいですねぇ」
一斉に向かっていった獣人の一部は、突然目の前に出現した不可視の障壁にぶつかる。それはゴムのように伸びて、勢い良く突っ込んできていた獣人たちを、ぼよんと押し返した。そうしてそのまま彼らをぴたりと地面に押さえつけた。
素早く飛びずさって障壁から逃げていた獣人たちの一部は、縮めた足のばねを解き放ち、再びノクトに襲い掛かる。
ただ、ノクトの見た目と能力を見て、その正体を察したのか、数人は警戒してその場で止まる。
ノクトはそちらもしっかりと確認してにっこりと笑った。
思いとどまったものは、戦士として非常に優秀だ。
ただ、きちんと最初の動きを避けて更に襲い掛かってきた者も、思慮には欠けるが、こちらも優秀な戦士に違いない。
ノクトが、高度を少しばかりあげると、そこでまた足を止めた者が二人。
武器を投げたものが一人、こちらは障壁で塞ぐ。
残る三人は視線だけでやり取りをしたのか、二人が加速、一人が減速。
三方に分かれてノクトの周囲に展開したところで、ほぼ同時にノクトに向けてとびかかってきた。
ノクトは「いいですねぇ」と言いながらも、正面から来ている相手だけを見たまま、全員を一斉に障壁の中に閉じ込める。
そのうち正面にいた一人だけは、壁にビタリと張り付かず、武器を振り上げ、障壁に向かって振り下ろした。障壁が音もなく割れ、さらにそこからとびかかろうと、その獣人が足に力を入れた瞬間、直前まであったはずの足元の障壁が消えて、空中に体を投げ出される。
その獣人は一回転して着地、するはずが途中で「ぐぇ」と蛙がつぶれたような声を上げる。中途半端な場所に現れた障壁に、頭頂部をぶつけたのだ。
獣人は思わぬ衝撃に、そのままびたんと足を伸ばして気を失ってしまった。
「いやぁ、元気のいい若者が揃ってますねぇ」
「…………ノクト様、お久しぶりです」
「ガーレーン、年を取りましたねぇ」
「ノクト様はお変わりなく……」
ガーレーンはしわしわの顔に、垂れた耳。
口の端からは鋭い牙のようなものがのぞいている。
半分くらい白髪交じりの茶色い髪の毛をした、異様に体ががっしりとした獣人だ。
尻尾は短く細く、くるんと巻いている。
「随分とお優しい対応、ありがとうございます」
嫌みを言っているのではない。
かつてもっと手ひどくノクトにやられたことのあるガーレーンは、今回のノクトが本当に優しいものであることをちゃんとわかっているのだった。





