若い子をかわいがりたい
エイビスの友達を歓迎したいおじいちゃんたちの興奮は、お茶を飲んで一服したあたりで収まったようだった。言い訳を聞けば、普段は本当に外から客がほとんど来ることがなかったので、少々動揺していたらしい。
翻訳するならば、この機会にエイビスに良いところを見せたかった、ということだ。
だがまぁ、流石に数百歳ともなると、そのテンションを維持するのは難しかったらしい。
「さて、悪かった。そろそろ話を聞かせてもらおう」
立ち直りが一番早かったのは、先ほども最初は真面目に話してくれていた老エルフであった。
「ありがとうございます。ただ……、私たちは言伝と万が一の加勢を依頼されてやって来たにすぎません。数日後に確実に十分な兵を連れたエリザヴェータ陛下がいらっしゃること。そして、冬が本格化する前に鎮圧するつもりであることをお伝えします。現段階で、山に籠っている軍から被害などはありませんか?」
「幸いな。このまま集まっておれば、攻めてこないのではないかと考えている」
「そうでしたか……。では、そのまま現状を維持していただければ問題ないかと」
これで伝えるべきことは全て終わった。
今度は獣人国【フェフト】の方へ向かって同じことをしなければならないな、と考えるハルカ。
それに対してもうちょっと何かあるだろうと待機するエルフの古老たち。
沈黙が続いたのち、ハルカがそれに耐えられなくなって、「あ、私からは以上です」と会話を締めくくった。
「それだけのために特級冒険者がやって来たというのか……?」
思わずこぼれた本音に、ハルカは「あ、いえいえ」と首を振る。
「こちらもお伝えした通り、元々はエイビスさんに会うためにこちらへ向かっていたんです。途中エリザヴェータ陛下にも話があったので、行軍途中にお邪魔したところ、頼みごとをされた、という形ですね」
「なるほど……? つまり本来の目的は遊びに来ることで、使者としての役割がついで、というわけか」
「ついで、というとなんだか軽く聞こえますが……、おおむね間違っていません」
ハルカに対して王国に対する何かを言っても本当に仕方がないと察したのか、古老たちは互いに顔を見合わせて表情を緩めた。
話を信じるのならば、ハルカはただの客人としての側面の方が強い。
いつまでも肩ひじ張っていても仕方なかった。
エルフの国【テネラ】は、あまりよそ者を歓迎しない方針がある。
ただしそれは、エルフという数の少ない種族を守るためでしかない。
信頼のおける相手は歓迎するし、非常に強力な個とむやみやたらと争おうというわけではないのだ。
その点ハルカは、十分に知られている人物であるし、どう考えても争っていい相手でもない。
王国の貴族やその教えに従っている民のように、エルフを馬鹿にするような相手でないことも、ダークエルフの見た目を見るだけで明らかだ。仲間は人族と獣人族で、何かと敵対しているようにも思えない。
その上エイビスの友人だというのならば、受け入れない理由がなかった。
「よし、理解した。我らのところへ来たならば、【フェフト】にも行くのだろう?」
「ええ、これから」
「ふむ。ではそちらの用が終われば、またこちらに戻ってきてもらうのが良いだろう。その時は王国からの使者としてではなく、折角エイビスを訪ねてやって来た客人たちとして扱おうと思うがいかがか」
古老たちは声を出して、あるいはゆっくりと頷いてそれに同意した。
それから「ありがとうございます、お爺様方」というエイビスの一言にでれつくまでが、彼らエルフの古老たちお決まりのパターンのようであった。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
歓迎してくれるというのならば、エルフたちに聞いてみたいことはたくさんある。
ハルカが頭を下げて礼を言うと、ずっと相手をしてくれていたこの中ではしっかりしているエルフの古老が、「つかぬことを聞くが……」と口を開く。
「ハルカ殿はおいくつなのだろうか?」
なんだろうと待っていると、その古老は真面目腐った顔でこういった。
エルフから見ても、ハルカの見た目の年齢というのは分かりにくいもののようだ。
若いことは分かるのだが……、と言ったところか。
「確か……、私より三つか四つ年下だったような」
「あ、はい、そうですね」
この世界に来てから数年。
「ほう!」
「はい、ええと、はい」
「なるほど」
「そうかそうか」
にっこりと古老の一人が笑うと、他の古老たちも何かを理解したかのように穏やかな表情になっていく。
「ダークエルフといえば、その昔ゼスト様から生み出された最初の種族。オラクル様の姉妹であられるゼスト様の娘ともあれば、我らエルフからすれば親戚のような関係じゃな」
「いかにも」
「そうだとも」
「たまには良いことを言う」
なんか妙に温かい視線を向けられて、当のハルカは困っているが、コリンやモンタナは笑いをこらえている。
アルベルトだけは呆れた顔をして「変な爺共だなぁ」と言ったが、そんな暴言も、ハルカを自分たちの親戚の子扱いし始めようとしている古老たちは、そよ風くらいにしか思わないようだった。
「……あの、とりあえずその、ナギ……、竜も空で待たせていますので、私たちは一度これで……」
「うむ、気を付けてな」
「いつでも訪ねてくると良い」
「さっさとこの戦いも終わらせるとするかのう」
「あ、はい、行ってきます、ありがとうございます」
さっと立ち上がり、そそくさと逃げるように出発する準備をはじめたハルカを見て、コリンはついに息を噴き出して笑ってしまうのであった。





