エルフの古老
しばらくその場で待たされている間も、エルフたちからは得体の知れない人物たちのままであったことから、ちらちらと探るような視線を向けられる。注目を集めるのは慣れたものだが、警戒混じりとなるとやや居心地は悪い。
一方でアルベルトなんかは、逆にエルフたちの装備を遠慮なくじろじろと確認している。あっちが見てくるのだから構わないだろうという精神のようだ。
主な装備は弓矢。
それから腰に分厚い刃物を差している。
用途は多そうだが、おそらくメインウェポンではないだろう。
しばらくそうして周囲の観察をしていると、先ほど案内してくれたエルフたちが戻ってくる。
「今いる長老たちの下へ案内する」
「わかりました。あの、空に飛んでいる竜が降りられるような広場はありませんか? ざっと見る限り、ちょっと見当たらなかったのですが……」
「……あれは、あんたたちの位置を正確に把握してるのか? 行ったり来たりしているようだが」
「はい、ちゃんとわかっていると思います。いつも私たちの拠点付近を歩いている時も、見つけて降りてきたりするので」
「……そうか、すごいな」
それはつまり、ナギが深い森の中を木々の隙間から一瞬見えるだけのハルカたちの姿を、正確に見つけて追いかけ続けているということになる。敵対していないハルカたちからすれば、犬が走って寄ってくるようなものだが、立場が曖昧なものからすれば、いつでも急降下して攻撃に移れるということだ。
気になるのは当然のことだった。
案内された先には、木で組み立てられたらしい椅子が何脚も用意されていて、エルフの老人たちが数人腰かけていた。
「エルフの年寄り初めて見たな」
率直な感想を述べたアルベルトの意見に、ハルカもそういえばと思う。
外で出会うエルフの大抵の者は、若い姿をしていて、年齢が不詳だった。
聞いた話によればエルフの寿命は五百年とも六百年とも言われている。
人の五倍以上生きると考えれば、目の前にいるエルフたちの年齢はおそらく四百歳、五百歳と推測できた。
ノクトよりもずっと年上である。
全員がキリリと表情を引き締め、厳しそうな顔をしている。
顔が整っていると年をとっても威厳が出るばかりだ。
そんな老人たちの中に一人混ざっている若い女性が立ち上がる。
「ハルカさん、お久しぶりですわね。もう少し落ち着いている時にいらしてくだされば、もっといろいろとご案内できましたのに……!」
エイビスが嬉しそうに駆け寄ってきてハルカの手を両手でとってまくしたてる。
ハルカが目を丸くしていると、エイビスはさらに続ける。
「もしかして、あの空を飛んでいる竜は、あの時一緒にいた竜の卵の子ですの?」
「あ、はい、そうです。ナギと言います」
「こんな短い期間に随分と大きくなりましたわね……。コリンも、それに他の人たちもお久しぶりですわ」
「おう」
「エイビスさんは変わりませんねー」
元気にお嬢様している美女に、思わずコリンは笑ってしまった。
どこか浮世離れしているけれど、悪い人物でないのはすぐに伝わってくる。
「そんな数年で変わるわけありませんわ。お爺様方、こちら以前からお伝えしておりました、ハルカさんですの!」
ハルカはハッとして顔を上げる。
ここにいるのはエルフの長老たち。
エイビスと楽しくお話しするために来たわけではなく、と気を引き締めようとしたが、そこでぴたりと動きを止めてしまった。
「そうかそうかぁ、エイビスが言っておったのはこのダークエルフか。来てくれてよかったなぁ」
「うむうむ、本当に友達ができて良かったことだ。エリザヴェータ殿はどうもお堅いらしいと聞くが、その子は色々と良くしてくれるのだろう? 存分に歓迎してやらねばな。さて、私がエイビスの祖父のような者、パイルだ」
「いいや、我こそがエイビスを小さなころから世話しておる爺のようなもの」
「何を言うか、私こそ……」
その場にいる四人全員が表情をでれっと崩して、エイビスの気を引くような発言をし始めた。記憶をたどったところ、エイビスの年齢は二十代前半。
エルフたちからすればまだ一桁歳のかわいい盛りなのかもしれない。
それにしてもやりすぎなような気はするが。
「お爺様方、皆さん本当のお爺様のように思っておりますわよ?」
「そうかぁー」
「なんだこいつら」
アルベルトの的確な突っ込みが入った瞬間、エルフの老人たちの表情がキリリと引き締まる。
「さて、そちらは冒険者のハルカ殿であったか。まだきちんと話してはいないが、我らの一族は今回の件を重く見ておる。王国内のごたつきをこちらに持ち込むのは勘弁願いたいものだが……、冒険者である使者殿に伝えても詮無きことか」
口火を切った老人は、やや厳しい言葉を述べたが、すぐにハルカの立場を思い出したのか、小さくため息を吐いて首を横に振った。
確かにエルフたちからすれば、今回の件は【ディセント王国】の不祥事である。
それが他種族と手を取り合っていきたい、というエリザヴェータの方針から生まれた不祥事であるにせよ、そんなものは人族の勝手な事情であった。
「……私はそうは思わんなぁ。いやはや、エイビスの友がやってきてくれたというのに何たる失礼な。ハルカ殿にそのお仲間たちよ。こんな無礼者は放っておいて、エイビスと共に茶でも飲まぬか?」
「まったくもってけしからんな。その茶会には私も参加させていただこう」
「うむ、それがいい」
「こら、ずるいぞ! しっかり話さんか! 我もそれには参加させていただこう!」
「こいつら駄目そうじゃね?」
アルベルトが呆れた表情で放った一言に、ハルカが珍しく心の中で同意した瞬間だった。





