誤解とすれ違いの会話
エルフたちは警戒をしながら、木々の上で気配を消して息を潜めていた。
空に竜が飛び、少し先には見たことのない武装した一行。
まずはばれないように、相手の様子を探るつもりでやって来たのだ。
しかし次の瞬間、その中の一人が涼しい顔をしてもろ手を挙げて前に出てきたではないか。
それはすなわち、エルフたちが隠れていることがお見通しであるということだ。
有利な自分たちのテリトリーにも拘らず、隠れていることがばれたということは、この一行には隠密が効かないということである。
それだけで警戒心は一気に跳ね上がった。
全員が一斉に弓に矢をつがえ、唾を飲みながらハルカの一挙手一投足も見逃すまいと目を鋭くする。
「【ディセント王国】のエリザヴェータ陛下から依頼を受けてやってきました、冒険者のハルカ=ヤマギシと申します。エルフの方々に敵対する意思はありません」
おかしなことは言っていない。
ただ、警戒しなければならぬほど戦力差があり、むやみに姿を現したくないのも事実である。もう少し様子を見ようと黙り込んでいると、ハルカは僅かに首をひねってから、「ええと……」と気の抜けるような前置きをしてから、もう一度顔を上げて口を開く。
「あの、エイビスさんと知り合いで、いつでも訪ねてくるようにとも言われていました。……エリザヴェータ陛下からは、エイビスさんに私たちの話もしていると聞いているのですが」
エルフたちは確かに若い女エルフのエイビスが、代表として度々【ディセント王国】へ赴いていることを知っている。そして、その土産話として、エリザヴェータの妹分である、とても強いダークエルフの特級冒険者が、竜と共に大活躍する話も聞いている。
それは、戦が始まる前に我先にと飛び出し、城の一部を破壊して凱旋してくるような血の気の多い冒険者だ。
エイビスは『そういう感じの人ではなくてよ?』と説明したのだが、誰もがエイビスの話を直接聞いたわけではない。残念ながらここにいるエルフたちは、誇張された噂をまた聞きしたタイプのエルフたちであった。
互いに顔を見合わせて、これは顔を出さねばまずいのではないか。
もしこのまま無視をしていると、そのうち怒りだして攻撃してくるのではないかと、目線だけで会話する。
最悪の事態を回避すべく、エルフたちは互いに頷くと、つがえていた弓と矢を片手に持ちながら、最大級に警戒した動きで木から飛び降り、十分な距離を保った位置で足を止めた。
「……話はかねがね聞いている。今日は何用でやって来たのだろう?」
その緊張は、自然とハルカにも伝わった。
『あれ、おかしいぞ』と思いつつ、イヤーカフを指で撫でながら次の言葉を考える。刺激しないようにと思うほど、表情が強張るのは仕方のないことだった。
「…………【ディセント王国】軍の到着までの日数をお知らせに。それから、万が一到着前に戦いになる場合の加勢を」
「ああ、なるほど……」
加勢、という話を聞いてエルフたちは『なるほど、暴れるためにそんな面倒くさい依頼を受けたのだな』と納得をした。自分たちなりに理由をつけることができれば、人というのは安心するものだ。
こちらで暴れるためにやって来たのではないということだけは、はっきりして安心である。
「あ、あと」
ハルカが何か誤解されている部分を払しょくするために、更に喋ろうとすると、エルフたちの体がまたも緊張する。後ろの方でモンタナが無表情のまま目を逸らして体を震わせ、コリンが口元を押さえて笑っていたが、ハルカはもちろんそれに気づかない。
「あの、ナギと……、空にいる竜と一緒にやって来たので、必要とあらば獣人国【フェフト】の方々とも連絡を取ることができます。何か御用があればお気軽に申し付けていただければ……」
「いや、気持ちだけ頂いておこう。正式な使者となれば案内をする。ついてくるが良い」
「はい、よろしくお願いします」
ハルカが丁寧に頭を下げたところで、エルフたちの方もようやく、なんだかおかしいぞとなってくる。ハルカの表情も、緊張から困惑にシフトするにつれて、段々と眉尻の下がった情けないものになっていく。
エルフたちは、『なんかもしかして』『いやしかし』という葛藤を抱えたまま、テネラの戦闘員たちが集まる拠点へと、ハルカたちを案内しはじめるのであった。
歩き始めるとすぐに、ハルカは何とかもう少し打ち解けられないかと、近くにいるエルフに話しかけてみる。
「エイビスさんはお元気ですか? 訪ねると言ったのに、随分と時間が空いてしまって、申し訳なく思っていたんです」
「……元気だが、それほど仲が良かったのか?」
「どうでしょう……? 冒険者に興味を持ってくださったようで、お話はたくさんさせていただきました。そうですよね、コリン」
「んっ、うんうん、そうだねー」
ハルカとエルフのすれ違いが面白くなってしまっていたコリンは、そろそろ助けてあげなければと慌てて返事をする。そこでようやくハルカは、コリンの様子がおかしいことに気が付いた。
「私が弓を使うんですけど、エイビスさんにはいつか弓を教えてもらう約束していたんです。【テネラ】には、弓の弦にするのに適した素材があると聞いているので、楽しみにしていました」
「ほう、弓を使うのか。……うん、よく手入れされている」
コリンの言葉を聞いて、気になったらしいエルフの一人が振り返ってさらっとコリンの背負っている弓に目を向ける。武器は冒険者の命綱だ。当然しっかりと整備されている弓を確認して、そのエルフは少しばかり気分を上げたようだった。
それからしばらくの間コリンがエルフたちの気持ちをほぐすような会話を続け、ハルカがそれにうんうんと頷きながら同意する。そんなこんなで、ようやくエルフたちの心もほどけてきたところで、一人のエルフがこわごわとハルカに質問を投げかけるに至った。
「……私たちエルフは弓を得意としているのだが、ダークエルフは違うのだろうか?」
「あ、はい、いえ、色々あってダークエルフのことは詳しくないのですが……」
「すまなかった、余計なことを聞いた!」
「あ、いえ! 気にしていただくような事情ではなくてですね! あ、私は主に魔法を使います、あまり器用でないものですから!」
「そ、そうか、魔法か。エルフにも昔魔法が得意な子がいて……」
「おい、やめろ」
フォローしようと思ったのか、一人がエルフの魔法使いの話を始めたところで、他のエルフが遮って止める。
「あ、いや、すまない……、なんでもないんだ」
「あ、いえ、すみません、私の方こそ。折角色々と気にしてくださったのに……」
なぜこうなるのか。
ハルカは自分のおしゃべり能力のお粗末さに、すっかり耳をたらして背中を丸めてしまうのであった。
漫画更新されてます!
あと、あの、私他に『転生爺のいんちき帝王学』って作品も毎日更新してるんですが、すっきりさっぱり爺が暴れるお話しなので、お時間ある時にご覧いただけますと嬉しいです。





