【テネラ】へ入る
翌朝一番に、エリザヴェータは迎えに来た兵士と共に帰っていった。
それなりに夜更かしをしたはずなのだが、ノクトとずっとくっついていたおかげなのか、来た時よりも随分と肌艶良く元気そうになっていたのが不思議だ。
一応去り際に疲労回復をと思って治癒魔法をかけたが、かける前と後であまり違いが分からなかった。タフな女王様である。
エリザヴェータが去ったところで、ハルカたちも出発。
一応先にエイビスがいるはずであるエルフ側の方へ向かう予定である。
あれからもエリザヴェータは数度エイビスと交流をしているらしく、ハルカが竜に乗って大陸を飛び回っていることは伝わっているのだとか。
マグナス公爵領での戦いの話も大盛り上がりで話して聞かせたと、エリザヴェータは悪戯っぽく笑っていた。おそらく余計に話を盛って話していそうである。とにもかくにも、竜が突然現れても、少し離れた場所で降りてハルカが先行すれば特に問題なく合流できるはずだというのが、エリザヴェータの見解であった。
問題があるとすれば、エイビスはともかく、エルフというのは比較的内向的であるという点か。一生のうちのほとんどを森の中で暮らすエルフは、外の世界にあまり干渉しようとしない。
ダークエルフほどではないが、外でエルフを見ることはそれなりに珍しいのだ。
冒険者なんかをやっているのは、エルフの中でも相当変わり者の部類である。
ナギが勢いよく空を駆けていくと、昼を過ぎた頃には遠くに山と森が見えてくる。
どこまでも続くかに思える広大な森。
それがエルフの国【テネラ】の全容であった。
おそらくエルフたちがどこかに布陣しているはずなのだが、空からだといったいどこにいるのかが分からない。数度ルートを変えながら上空を飛んでみたところ、途中でナギがぎゃおぎゃおと騒いだあたりがあった。
モンタナの目からも、どうやらその辺りに人がいるようであることが分かり、着陸場所を探してみることになった。
しかし、深い森の中には、ナギが着陸できるような場所は見つからない。
流石にエルフの国の森をバキバキと壊して着陸すると、エルフたちから嫌われてしまいそうで気が引ける。
どうやら森の外から歩いて入っていくよりほかになさそうだ。
いったん着陸して作戦会議である。
「ええと、すみません、まずナギはちょっとお留守番で」
作戦会議に首を突っ込んでいたナギの鼻を、ハルカはごめんねと言いながら撫でてやる。留守番には慣れたもので、ナギも少し鼻息を漏らしただけで、仕方ないなーくらいに思っていそうだ。
「僕も一緒に待っていましょうかねぇ……。一応僕は、獣人の国【フェフト】の方で身分がありますし……」
「すみません、お願いします」
面倒くさがっているわけではないだろうが、本人から言い出したのだから無理に連れていく必要はない。ノクトに留守番をお願いすると、続けてユーリも首を傾げた。
「じゃあ僕もお留守番?」
「そうですね、お願いします。師匠と一緒にナギの背に乗って、空から見ていてくれてもいいですよ」
「わかった」
いつもナギとセットでいるユーリも、素直にお留守番だ。
最近では鍛えてもらうことも多くなって、余計にアルベルトたちと自分の実力差を感じるようになったユーリである。少し前までは置いていかれるとそのまま忘れられてしまうのではないか、みたいな不安も抱えていたのだが、最近ではそんなことはないとしっかりわかっている。
甘えたことばかり言っていないで、頑張って鍛えて、少しずつ認めてもらおうと前向きに訓練に取り組んでいるユーリである。この世界に生きているユーリという一人の人として、精神も安定してきたのだろう。
そんなわけで、さっそく二手に分かれて行動を開始したハルカたちは、まずは森の中へ入る道を探す。ハルカが障壁を使って空から飛んでいってもいいのだが、わざわざ驚かせても仕方がないだろう。
森の中からもナギの姿は見えただろうから、あるいは迎えに来てくれる可能性もあったが、わざわざ前線から人を割かせて待っているのもどうかということで、結局道かどうかわからない木々の間を進んでいくことになった。
距離を考えれば夕暮れ時にはエルフたちがいる場所までたどり着くだろうけれど、そこまでですれ違わないことを願うばかりである。
時折頭上にナギの影がかかるのを見上げながら、ハルカたちは黙々と森の中を進んでいく。時折野生の獣が襲いかかってくることはあったが、ハルカたち程の冒険者になると、野生の獣はそれほど恐ろしくない。
魔物化が進んでいるとなると、時折警戒が必要な場合もあるが、ここは一応エルフが数千年にわたり管理している森である。そこまで凶暴化した魔物はいない、と考えていいだろう。
おそらくあと一時間も歩けば陣地にたどり着くだろう、といったあたりで、先頭を歩いていたモンタナがぴたりと足を止めた。
「なんか、来るです。多分エルフです」
「お迎えかー」
「あちらからも探しに来てくれたんですかね」
武器を構える必要があまりないコリンとハルカが、呑気に話している間も、一応アルベルトとモンタナは剣を抜いて構えている。二人も一応、いつでも戦えるように警戒はしているので、完全に気を抜いているわけではない。
エルフたちは姿を見せなかったが、モンタナが来る、と言ったときに視線がやや上を向いていたことから、木の上を飛び回って移動しているらしいことは分かった。
ややあってから、モンタナは首をかしげて口を開く。
「少し先で止まったです。こっちを警戒してると思うです」
「あー……、まぁ、そうですよね。こっちから声をかけてみます」
「そうだな。別に喧嘩しに来たわけじゃねぇし」
ハルカはあちらからしても、魔法使いと弓師、それに剣士が二人いるのだから迂闊に近づこうとは思えないだろうと推測。仲間たちに確認をとってから、両手を上げて一歩前に出て警戒を解いてもらうべく、声をかけることにしたのだった。





