各国の関係値
「この後はエルフの国【テネラ】へ行って、エイビスに会う予定だったのだろう? その予定を少しばかり早めてもらいたい」
「先行して何かお伝えすることでも?」
「うむ、今の状況をどこまで知っている?」
「清高派貴族の残党が、国境辺りに籠っていると」
エリザヴェータは手首だけでぽんぽんとノクトの腹を叩きながら、僅かに首をひねる。ノクトはされるがままになっているが、じっとりと半目になっていた。不本意ではあるらしい。
ふわっとした服を着ているし、見た目にはわかりにくいのだが、毎日自由に食べてぷかぷか浮いてコロコロしていれば、そりゃあ多少お腹にお肉も付く。
魔素を操っていると理想の体型になりやすいのだが、ノクトの場合特に理想というような意識もないのだろう。なにせ自分の足で歩くよりも障壁に乗った方が速いのだから、痩せていようが太っていようがあまり関係ない。
二人の弟子が真面目に話をしている中、ノクトはもうちょっとだけ歩くようにしよう、と小さな決意をしていた。それでユーリが今もじっと『だから言ったのに……』とでも言いたげにノクトのお腹を見ている問題も解決である。
「残党、と言っても割と大きめな勢力になっていてな。国内にいないからおかしいと思っていたのだ。正確には国境ではなく、王国領を越境したところにある、【テネラ】と【フェフト】をまたいだ山に住んでいる」
「それは……、国際問題ですね」
「うむ、まぁ……、どちらの国もおおらかでな……。こちらから指摘するまで奴らがいることにすら気付かなかったのだ。雪に閉ざされると春まで手を出せなくなってしまう。だから叩くなら今なのだ。妙なことをしないように先行して【テネラ】と【フェフト】にも山を遠くから囲んでもらっているのだが、主に戦うのは私たちの軍になる。それが責任だからな」
「なるほど……、状況は理解しました」
エルフも獣人も、縄張り意識はある程度あるが、そんな政治的に決めた境界線のことは気にしていないのだろう。どちらも人族ほどにキッチリと管理をしていないせいで、隠れ住むには最適な場となっていたのだ。
しかし、勝手に住み着いていると知れば何とかするかと腰を上げる。
エリザヴェータがこっちで何とかすると言ってるし、しばらく様子を見ているか、くらいの感覚だろう。
どちらも人族より戦闘能力の平均値は高い種族だが、何となく不安は残る。
「ハルカには先行して、あと何日で私たちが到着するかを両勢力に伝え、空を飛び回って牽制しておいてほしい。万が一打って出てきた場合は被害の出ないよう加勢をしてほしい。もちろんその場合は、軍を動かせる程度の報酬を追加で支払おう。それだけの働きだからな」
「わかりました。ええと、どうですか?」
仲間たちを確認すれば、それぞれから了承の返事が返ってくる。
最後に、モンタナが一言。
「戦いの真ん中にナギが降りただけでみんな逃げそうです」
「ふぅむ、それもそうだな……」
それで恐慌のあまり散り散りになられても困るが、その時はまぁ仕方がない。
残党がこもっている地域は、冬の自然が特に厳しい地域だ。
エリザヴェータとしては、指揮を執っている者たちさえ狩ることができれば、兵士たちは容易く投降するとみている。
「もし敵が散り散りになる時は、指揮官らしき者を討つか、捕らえられると助かる。それが済めば兵士たちには命の保証をして投降を投げかけても良い。……ま、到着を待ってくれるのが最良だ」
王国には王国の都合がある。
軍が到着する前にすべて片付いたのでは、兵士を動員している以上格好がつかない。
その時はその時でエリザヴェータがうまく兵士たちを言いくるめ、それぞれの代表にそれらしい話をすれば良いのだが、理想的な動きではなかった。
面倒だが、国を動かすというのはそういうことなのである。
「何もなければ何もないで、【テネラ】と【フェフト】の陣営を行き来してくれていれば良い。【テネラ】ではエイビスと会えば良いし、【フェフト】には爺を連れていけば問題なく受け入れてもらえるだろう。私からの書状も用意する」
「引き受けましょう。ところで、……エルフと獣人は仲が良いのですか?」
「いや、不干渉と言ったところだな。どちらも種族の生き方を守っているが、領土拡大をもくろむわけでも、何かが不足しているわけでもない。基本的には興味のない隣国同士だ。王国の動きを警戒して手を取り合うことはあったようだが」
「王国を警戒、ですか?」
「そうだ。人族は他種族を侵略するのが好きな歴史があるからな。くだらんが」
エリザヴェータは亡き父王の方針に加えて、半分ノクトに育てられたような事情もあり、他種族差別が嫌いだ。清高派との決定的な決裂は、その考え方にあったと言ってもいい。
「両国には十分に配慮し、言葉を尽くしてきたつもりだが……」
「まだ信じ切っていない可能性はあるでしょうねぇ……」
言葉を継いだのは、エリザヴェータの膝の上で腹をぽんぽこされていたノクトであった。
「獣人の国【フェフト】は王国に酷く裏切られてきた歴史があります。そして、エルフの国【テネラ】は部族たちが合議して方針を決めている。船頭が多いと方針も迷走しがちです」
「そうなのだ。だからこそ、竜に乗り、獣人と人族とダークエルフの混ざり合った【竜の庭】を先に派遣することで、少しでも警戒を緩めたい。敵意がないことがうまく伝わると良いのだが……」
「結構、重大な役割ですね」
「うむ、しかし大丈夫だろうと思っている。なにせ私の妹弟子は、平和の使者みたいなところがあるからな。いつも通りに仲良くお話ししてくれればそれで良いのだ」
妙な言い回しだった。
〈混沌領〉の王をしていることを思えば、『平和の使者』というより、『人族に仇なす魔王』の方が近い気がするが、逆にそれくらいの方が【フェフト】や【テネラ】からすれば信頼されるのかもしれない。
「ええと、褒めてくれていますか?」
一応確認までに尋ねると、エリザヴェータは声を上げて笑って大きく頷いた。
「もちろん。私ではなしえぬことだからな」





