ノクトを膝に乗せよう作戦
エリザヴェータはぴったりとノクトに体を寄せたまま、ハルカからの報告を聞いていた。ハルカからもたらされる話は、相変わらずでたらめでめちゃくちゃであるが、それがエリザヴェータの心を現実から少しばかり乖離させてくれる。
エリザヴェータは国王であることに誇りを持ち、責任を果たしているが、これまで他の生き方に目を向けなかったわけではない。例えばノクトから遥か昔に聞いた、冒険者という生き方等、だ。
ハルカのやり方はどうもいつだって詰めが甘いが、それが厳しい環境で戦い続けているエリザヴェータにとっては気持ちが良い。浮世離れしている雰囲気は、同じ世界に住んでいるとは思えぬほどだが、ハルカほどに能力が高ければそれも納得できる。
自分が選べない世界を自由に生きるハルカは、エリザヴェータからは羨ましく、まぶしく見えた。
随分と助けられたし、ノクトと再びこうして頻度を上げて会うことができるようになったのも、もしかするとハルカのお陰だ。最初はなんとなく妹弟子と言葉にしてみたが、今では本当にこんな身内がいればよかったのにと思うこともあった。
そんなことを思いつつ、エリザヴェータはこっそりとノクトの腰に手を伸ばし、その体を持ち上げて膝の上に乗せる。ノクトは横目でチラリとエリザヴェータを注意するように視線を向けたが、ハルカの語りを邪魔したりはしなかった。
無事、膝の上に乗せることに成功である。
さて、エリザヴェータのノクトに対する気持ちは複雑だ。
初めて会った時はかわいらしい女の子かと思っていた。
物知りで自分よりも随分と年上と知って驚き、時に反抗したが、叱りながら受け入れてくれた。悪戯にも付き合い、よほど悪いことでなければ希望を叶えてくれる。
絶対に裏切らない身内。父親より身近にいた保護者。
エリザヴェータ女王でいなければならない自分から、リーサに戻れる相手。
今でこそハルカたちの前でもそんな態度をとっているが、それも、ノクトが選んだ相手だからという前提があった。全幅の信頼を寄せている相手だ。
ノクトを配偶者に迎えたいというのは、単純に傍に置いておきたいから、という気持ちからもある。いるだけで安心し、精神が落ち着くのだから、近くに置いておかない手はない。
そんな冷静な理屈はさておき、それは数少ないエリザヴェータのわがままでもあった。
一応少し遠い縁者に、王家の血筋を継いでいる有力な若者は見つけている。
いずれはそれに王位を継承させるつもりでいるため、ノクトに何と言われようと、エリザヴェータは別の伴侶を迎えるつもりはなかった。
ただまぁ、今はとりあえず膝の上にノクトがいることで満足だ。
以前よりもなんだかぷにっとしているような気はするが、サイズ感は膝の上にジャストフィット。気分は上々である。
「ハルカにとって……、いや、ハルカの国にとって、〈北禅国〉は、裏切らぬ良い友となるかもしれんな」
「そうですね……」
さきのことなど分からない。
〈北禅国〉と〈混沌領〉の関係もどうなっていくかわからないが、エリザヴェータはハルカのやり方に口を出すつもりはなかった。自分の感覚とは違う軸で動いているのだから、余計な口は出さず、結果を受け入れるのが良い。
ノクトが自分を見守ってくれたように、エリザヴェータは姉弟子として、よほどのことがない限りはハルカの動きを静かに見守るつもりでいた。
「しかし、そうか、マグナスは死んだか」
「はい。あっけなく、と思ってしまいました。もしかしたらどこかで生きているのではないかと疑うくらいですが、確かにあそこで死んだのだと思います」
「……人が死ぬときは、案外そんなものなのだろうな。あれももっと別方向に力を発揮してくれれば、優秀な補佐となったろうに……。まぁ、私とは相いれなかったということだ」
ハルカからはかける言葉がなかった。
エリザヴェータには近い身内がいない。
骨肉の争いで父を失い、自らの手で叔父を死に追いやった。
どんな気持ちであるのか、何を言えば適切なのかが分からなかった。
「……そんな顔をするな。私には優秀な部下たちがいる。そして爺がいて、何かあるたびに駆け付けてくれる優秀な妹弟子がいる。いや、今回も実に良いときに来てくれたものだ」
それはそうとして、使えるものは使いたいのはエリザヴェータである。
話をころりと切り替えて、折角来てくれたハルカに何をしてもらうか考えていた。
わざわざ昼間に来ていることを教えてくれたのだから、エリザヴェータがただ無為に再会を楽しみにしていただけのはずがなかった。
「さて、時間には余裕があるのか?」
「ええ、まぁ。神殿騎士の件があるので、酷く長引かなければですが」
「ならば頼みごとをいくつかしても? もちろん、依頼として」
「聞かせてもらっても?」
普通ならば冒険者ギルドを通して、というところだが、流石に女王陛下から直接の依頼、となると信頼関係もあるので、事後報告でも一向にかまわない。失敗をするつもりはないが、完ぺきにこなしてくれた、というエリザヴェータからの評価と、しっかりとした報酬があればそれでよいのだ。
「よし、そう来なくてはな!」
エリザヴェータは、ぽんとノクトの腹を勝手に叩いて笑ってみせた。





