エリザヴェータとの合流
再びナギの背に乗り込んだ一行は、エリザヴェータが連れているという軍に追いつくために、湖沿いを西へと向かうことにした。
王都〈ネアクア〉の北には巨大な湖が存在しており、実は少人数ならば船を使って横断してしまった方が早い。ただ今回のエリザヴェータは軍隊を連れているため、南西方向から湖をぐるりと回ってから北上しているようだ。
まっすぐに現地へ向かってしまうと、テスラの言っていた通りあっという間に抜かしてしまう可能性が高い。
そのため、直接北へ向かわずに、湖に沿って飛行しているわけである。
ナギにはそれらしいものを見つけたら、少し離れた場所に降りるように伝えているが、一応ハルカたちも地上に目を走らせてそれらしいものがないか探していた。
いつもよりゆっくりとした飛行速度だが、行軍速度よりは随分と速い。
今日か明日中には追いつくことができるはずである。
夕暮れ時に一度地上に降りて休んでみたところ、モンタナがふらりと道の方へ行って土の状態を確認。どうやらそう遠くない場所にエリザヴェータたちがいるだろうことが分かった。
急ぐ必要もないだろうと、ゆったりと休息を取り、翌日もしっかりと朝食をとってから出発。
予定していた通り、昼過ぎには長い行軍列を見つけ、そのまま上空を通り過ぎる。
近くに降りられれば良かったのだが、ちょうど良くナギが降りられそうな場所がなかったので、先で降りて待ち伏せすることにしたのだ。
ちょうどいい空き地を見つけたので着陸して皆で待っていると、しばらくして早馬が近づいてくる。随分と手前で馬から降りた兵士は、木に手綱をつなぐと、そのまま走ってハルカたちの方へと駆け寄ってくる。
あのまま近づけば馬が怖がって振り落とされてしまうかもしれないので、正しい判断だ。
兵士は少し手前でぴたりと足を止めて声を張り上げる。
「ハルカ様ですね! 陛下から言伝を授かっております。お伝えしてもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「はっ、それでは!」
兵士からの話によれば、行軍を滞らせるわけにはいかないので、この道の先にある街の付近で待機していてほしいとのことだった。今日の夕方には到着予定なので、そこで話がしたいらしい。
折角だから時間をとって話をしたいということなのだろう。
ハルカたちは快くそれを承諾。
すぐにその場を発って、その街とやらを目指すことにした。
そして小一時間も経たずに到着してしまった一行は、街の兵士たちを慌てさせつつ、事情を説明。
無事に街の外に待機することに成功して、夕暮れまでエリザヴェータがやってくるのを待つこととなった。
この街は湖沿いにある大きな街で、どこかの貴族領というわけではなく、エリザヴェータの直轄地であるらしい。王都〈ネアクア〉をはじめとした湖周りの豊かな土地は、代々そうだと決まっているのだそうだ。
それこそがディセント王国の王家を支える地盤でもある。
ユーリと共にコッソリと街の中へ入って色々な食べ物を買い込んできたハルカは、ご機嫌にこの街の事情を仲間たちに語った。
そうこうしているうちに日はだんだんと傾いてきて、街が慌ただしく動き出した。
元からエリザヴェータたちがやってくることは知らされていたようで、街でそれを受け入れる準備をしているのだ。
街の外で兵士たちに食べさせるための煮炊きがされ、あちこちから煙が上がっている。
少し離れた所で待機しているハルカたちとナギを見て、驚く人たちはいたけれど、皆ナギの活躍を噂に聞いているのかそこまで怖がっている様子はなかった。
辺りがオレンジ色になり始めた頃には、軍の先頭が見えてきて、街の人が歓迎の声を上げた。直轄領だけあって人気が高いのか、街全体が本当にエリザヴェータたちを歓迎している雰囲気がある。
この行軍も、ある意味イベント的な役割を果たしているのかもしれない、などと思いつつ、ハルカは兵士たちが次々と野営の準備を始めるのを見守っていた。
やがてすっかり日が暮れた頃、いくつかの松明が近づいてくるのが見えてハルカは立ち上がる。目を細めてみれば、その中に見慣れた女性の姿があることが分かった。
「ナギがいると場所が分かりやすくていい。ここまで大きくなるとまるで小山だな」
「しばらくぶりです。すみません、お忙しいところに押しかけて」
「いや、構わない。むしろ士気が上がって助かっているところだ。お前たちは戻って体を休めろ。明日の朝に迎えに来い」
連れてきた屈強な兵士たちは、エリザヴェータの無茶な命令に反対の声を上げることなく、回れ右して素直に去っていった。おそらくかなりの側近たちで、事情もよく分かっているのだろう。
「さて、邪魔しても良いな?」
「はーい、歓迎しまーす」
「ハルカが街でいろいろ買ってきたから、適当にあっためて食えよ」
「相変わらずだな。折角だから少し気を抜かせてもらうか。さて、爺よ、ここだ、ここ」
丸太の上に腰を下ろしたエリザヴェータは、ぷかぷかと浮いているノクトの方を見ると、自分の足を叩いてそこに座るように促す。
「……あのですねぇ……、誰か来たら驚かれますよぉ」
「来なくてよいと言ったから来ない。近頃では諸々の掌握もうまくいっていてな、随分と安定している」
「油断は良くないですからねぇ」
「良いではないか、たまには。ハルカたちがいるのだから万が一もなかろう。せめて隣に来てくれ」
「…………仕方がないですねぇ」
ノクトは障壁から降りて、ぽてぽてと歩き、言われた通りにエリザヴェータの横に腰を下ろす。それだけでエリザヴェータは満面の笑みで「よし」と頷いた。
しかめ面ばかり見ている王国の側近の者たちが見たら、目を疑って夢だと思うだろう、大国女王の珍しい表情であった。





