仕事好きな男
翌朝に大竜峰を出発したハルカたちは、のんびりと三日ほどかけて王国を渡る。
あまり迷惑にならないような、深い自然をキャンプ地として選んだおかげか、ナギを警戒してやってくるような兵士もおらず、特に問題のない旅路であった。
王都〈ネアクア〉に到着し、少し手前で降りるといつも通り街の兵士が走ってやってくる。緊張している様子はあったが、ハルカたちの姿を見ると少しほっとしたように敬礼をして、小一時間ほど待機してから、王宮へ直接向かうように声をかけてきた。
どうやら〈ネアクア〉の出入りを担当する部署には、大型飛竜、すなわちナギがやって来た際の対応マニュアルが用意されているらしい。
そもそも〈ネアクア〉にやってくる大型飛竜が、ここ数百年の間でナギしかいない。あとはその一行にハルカたちらしい人がいれば、もう直接王宮へ向かわせろ、という単純明快でわかりやすいマニュアルである。
小一時間待たせられるのは、城の準備とか、訓練場をナギのために空けるためである。
街の上空をゆったりと飛んで、訓練場に着陸。
ナギの背から降りた先には、数人の兵士と書類を持った従者がさらに数名、それからしかめ面で口の曲がった壮年の男性が一人、立ったまま書類の処理を続けていた。
一人の従者がチリンチリンと持っている鈴を鳴らすと、そこで初めて壮年の男性は顔を上げる。ナギが降りてきた時点で相応の風圧が発生しているはずなのだが、それでも気にせず仕事を続けるのは、変人的な仕事人間である。
ハルカは以前一度だけ、この壮年の男性に会ったことがあった。
「お久しぶりです、テスラさん」
「お久しぶりです、ハルカ様。本日陛下はお出かけになられております。しばらくの間帰られませんので、伝言ならば承ります。必要とあれば出先をお知らせすることもできますが、いかがしますか? もちろんこちらでお待ちいただくことも可能です」
やや早口だが、聞き取りやすいはっきりとした話し方だった。
「相変わらず仕事ばかりですねぇ、首がすっかり曲がってしまってますよ」
「これはノクト殿。この方が仕事がしやすいのです。体というのは自分のなりたいように変わっていくものです」
「そうですねぇ……、普通はそうは変わらないんですけどねぇ……」
特級冒険者のノクトから見ても、この国の財務を一手に取り仕切っているテスラという男は、いつ休んでいるのかと思うほどの仕事人間だ。仕事が趣味で、仕事をするために生きている。
特級冒険者を呆れさせることのできる数少ない一般人だろう。
「どちらにお出かけなのでしょうか?」
「獣人の国【フェフト】と、エルフの国【テネラ】、そして【ディセント王国】の境に、大規模な賊が住み着いているので、合同でそれの討伐を行い、そのまま会談されるそうです」
「なるほど……、賊ですか」
「潰した清高派貴族の残党でしょうな」
「それって、聞いていい話なんですかー?」
だいぶ国の内部事情に関わる話に、コリンが念のため尋ねる。
テスラはちらりと視線を上げてコリンの顔を確認すると、何度か頷きながら答えた。
「もちろん。陛下にはあらかじめ確認済みです。基本的に【竜の庭】の方々に隠し事はなし、と。もちろん他言は無用に願いたいですが」
「あ、はい。ええと、そちらに向かっても、リーサの迷惑にはならないでしょうか?」
「むしろ喜ばれるのでは。ナギ殿がいるだけで、士気は高まりましょう。陛下の派閥において、ナギ殿は勝利の象徴ですから」
名前を呼ばれたナギがぬーっと首を伸ばしてくると、兵士や従者は身を固くしたが、テスラはこれまたちらりと目を向けただけで気にした様子はなかった。
そして、ナギに語りかけるように話し出す。
「さきのマグナス公爵との内戦は、ナギ殿が空を飛び、その立派な姿を皆が認識してからの勝利でした。王国ではその噂は広く知られています。堂々としていただいて結構です」
ナギは首をユラユラと揺らし、鼻をふすふすと鳴らしながらアルベルトに顔を寄せる。おそらく喜んで自慢しているのだろうけれど、鼻息だけでも結構な勢いだ。
生暖かいのが気になったのか、アルベルトが「やめろよ」と言いながら、鼻先を押しやる。
ナギは不満そうにそのまま押しやられたが、その先にいたユーリがポンポンと撫でてやったことで満足したようであった。
放っておかれたらそのまま拗ねていたかもしれない。
アルベルトとナギは仲良しだが、たまにくだらないことで小さな喧嘩のようなじゃれあいをしている。それはそれで楽しそうだけれど。
「そうですか……、それなら向かってみようと思います」
「では地図を用意するので、少々お待ちを」
テスラは従者が持っている書類の山の一つに手を伸ばすと、指先で重なっている書類の上から下までツーッと撫でてから、紙を一枚抜き出した。そうして羽根ペンの先を、ちょんとその紙の上に乗せてから、ハルカの方に手渡す。
「点の辺りに布陣するのではないかと。二日前に出たばかりですので、途中で追いつくと思います。気付かず抜かしてしまった場合、その辺りで待っているといいでしょう」
「あ、ありがとうございます……」
「他に何かございますか?」
「いえ、特には……」
「では、お気をつけて」
何もないとわかるや否や、テスラは回れ右。
従者の一人を先頭に、また書類を片付けながら歩き出す。
先ほどの指先だけで必要な地図を見つけ出したこともそうだが、やはり行動全般が普通ではない。
「役人って忙しいんだな」
「いいえ、テスラさんがお仕事大好きな変な人なだけですよぉ」
アルベルトが感心したように言うと、ノクトが首を振ってそれを否定する。
「そんな奴いるのかよ」
「……なんかずっと楽しそうだったです」
「まじか」
モンタナが不気味なものを見るようにテスラの背中を見送っているのを見て、アルベルトも首をひねってその後ろ姿を目で追いかけるのであった。





