ヴァッツェゲラルドの役割
ヴァッツェゲラルドは時折相槌を打ちながら、大人しく近況を聞いていた。
元々人のことはそれほど好きではないのだが、関わるとなると割と情が深いタイプで、本当ならばもう少し会う頻度を上げたいところだが、迷惑になるからと我慢している。
その上ヴァッツェゲラルドは、ハルカのことを『自分と同じ真竜のような者』として認識している節がある。自分と同じような超常的な力を持った者が、どのように人の社会で生きているかを聞くのは楽しかった。
ヴァッツェゲラルドは人型ではないので難しいが、もし自分ならどうしていたかと想像しながら、時折質問を投げかけ、時折鼻を鳴らして、最後まで話を聞いていた。
そんなヴァッツェゲラルドの反応は、語っているハルカからしても面白く、時に自分とは違う視点の可能性を提示されるので学びにもなる。
ハルカは基本的に他人に対して遠慮がちだが、最初の邂逅で尻尾が千切れるほど振り回したりしたこともあって、ヴァッツェゲラルドにはそれほど遠慮がないのも良かった。
種族も年齢も違えど、これもまた、対等な友人関係であるのかもしれない。
『相変わらずすっきりしないやり方が多い』
「自覚はありますが、ヴァッツェゲラルドさんも考えが乱暴すぎると思います」
『どうだかな。そやつらは時折我の言葉に頷いておったぞ』
「え?」
振り返ってみると、モンタナがふるふると首を振り、アルベルトが目を逸らし、コリンは笑った。分かりやすい。
「……まぁ実際、ヴァッツェゲラルドさんの言ったようにした方が良かった部分もあったとは、私も思っています」
「……失敗と思っても、それで繋がる縁もある。我はハルカのやり方が嫌いじゃない」
ハルカも思うところがあって肩を落としていると、エニシがそれを慰めるように言葉をかける。一歩違えればという状況ではあったが、結果的には犠牲も出なかったし、新たに得た縁もあった。
例えばあの件がなければ、もっと早く〈アシュドゥル〉を離れていて、ヨンたちが仲間に加わらなかったかもしれないし、当然オレーク一家は〈オランズ〉へやってこなかった。
そもそもハルカの温情がなければエニシは今どこでどう彷徨っていたかもわからない。そこに感謝はあれど文句はない。
反省は必要だが、後ろ向きにばかり捉えていても仕方がない。
『うむ、確かお前は海竜のところのエニシじゃったか? なかなか良いことを言う。他であればたどらぬ道を聞くのもまた一興。その判断に文句を言っているわけではなく、我ならばこうしたと口を出しただけじゃ』
「そうですか?」
『うむ、そうじゃ』
ヴァッツェゲラルドが深く頷いたところで、ハルカは聞いておかなければならないことを思い出した。話にも出てきたのだが、ヴァッツェゲラルドはそれほど気にしていないようである。
「ヴァッツェゲラルドさんは、ここ百年くらいで、オラクル様かゼスト様にお会いしましたか?」
『いや、会っておらんな』
さらりと答えが返ってくる。
そうなるとやはり、近くに直接神に会った者は今のところいないようだ。
『あちらから接触して来ておるのだ、気長に待てばよかろう』
「そうですか……」
『どこにおるのかわからんのだから仕方あるまい』
もしや真竜ならば、と思ったが条件は同じようだ。
ハルカは諦めて納得して、改めてヴァッツェゲラルドを見上げる。
「分かりました。今日のところはもう夜も遅いので休みます。明日には出発しますが、そちらからは何かありますか?」
『うむ、長く暇になったら遊びに行っても良いか?』
「ここを離れても大丈夫ですか? 真竜は、何らかの役割を持っていたりすると聞きますが」
例えばラーヴァセルヴは火山活動を抑えつけている。
グルドブルディンが何をしているのかはわからないが、ただ存在しているだけで砂漠に実りをもたらしているし、あの大きさの生き物が動けるというだけで、とんでもない魔素を消耗しているに違いない。
『うむ。我は大竜峰の竜が増え過ぎぬよう、減り過ぎぬよう見ているだけだ。あとはそうじゃな……、一応気分で北方大陸を飛び回り、上空の雲をかき回している。これをせぬと、北方大陸には今より雪が良く降るようになるらしい』
らしいとはまた曖昧なことだ。
理屈は分からないが、ヴァッツェゲラルドが空を飛び回ることによって、北方大陸に人が住みやすくなっている、ということらしい。
なるほど、と呑気にその言葉を飲み込んでから、ハルカはふと思いついたことを尋ねてみる。
「…………あの、ここ数年、いつもより余計に空をかき回していたりしませんか?」
『ほう、なぜわかる。そんな力を持っておったか?』
「……たくさんかき回すと、地上の気温も比較的暖かくなったり?」
『うむ、ハルカと出会ってから何やらうろつくことが増えた。出かけるかどうするか悩むこともあってのう。温かで暮らしやすかろう』
思っていたよりもずっと重大な役割を担っていたらしい。
もしかするとヴァッツェゲラルドが真竜となる以前は、北方大陸の北の方は、もっと寒い地域だったのかもしれない。
本竜は飛び回ることによって、と言っているが、ただ雲をかき回しただけではそんなことは起こらない。おそらく、飛び回ることによって魔素に何らかの影響を及ぼした結果、今の北方大陸の環境が出来上がっているのだ。
「……そうですね、程々にお願いします。急な環境の変化があると、農作物とかの生育に悪かったりもするので」
『ハルカがそういうのならばそうするか。で、どうなんじゃ、遊びに行って良いのか』
ハルカは少し迷ってから一応首肯する。
「でも、私たちも旅に出てていないことがありますし、年に数度は顔を出しますよ」
『うむ、あまりにやってこない時だけにする』
それでも十分に満足したようで、ヴァッツェゲラルドは嬉しそうに頷いた。
ハルカがヴァッツェゲラルドの役割を聞いた理由は、温暖化について気になったからである。
寒い冬を越して生き残る半魚人が増えたことが、大量発生の理由であった。つまり、ヴァッツェゲラルドがご機嫌に空を飛び回って、北方大陸に位置する〈混沌領〉を温暖化してくれたおかげで、半魚人が大量発生したということになる。
他にも豊作であった、という効果も出ているので、悪いことばかりではないのだが。
あの事件の発端は、バタフライエフェクトならず、ドラゴンエフェクトであったということだ。やはり真竜というものはとんでもない力を持っているのだと、ハルカは今日も自分のことは棚に上げて納得するのであった。





