ヴァッツェゲラルドの好奇心
のんびりと数日を過ごして、エリザヴェータのところへ向かう日がやって来た。
途中でヴァッツェゲラルドの暮らす、大竜峰にも寄り道していくつもりだ。
メンバーはハルカたち四人にノクトとユーリ、それにエニシが加わる形だ。
イーストンは『ノクトさんが出るのなら留守番した方がいいでしょ』とのことで、今回は拠点に残る。
レジーナも今回は予定を聞いて面白くなさそうだと留守番。どうやらその間に、新しい武器〈アラスネ〉の扱いに慣れておきたいようだ。
カーミラも、エリザヴェータが怖いからと留守番。
双子はどうだろうと声をかけたところ、苦笑しながら断られてしまった。
なんでも「一応僕たち、所属は〈オラクル教〉だから、当たり前のように女王陛下に会う時とかに同行するわけにはいかないんです」とのことだった。
気軽に誘ったハルカが悪い。
そんなわけで今回もみんなでナギの背中に乗って空を飛んで【ディセント王国】の王都〈ネアクア〉へと向かうことになった。
ナギに乗っていく理由としては、本竜がハルカたちと一緒にいたがることに加え、これだけ立派な竜と共に現れると箔が付くからである。
ナギがいるところには【竜の庭】の面々がいる。
エリザヴェータ側からしても、立派な竜に乗ってやってくる特級冒険者一行、となれば時間をとるのに言い訳が付きやすい。
まぁとにかく、迷惑にもなったりもしないとノクトにお墨付きをいただいて、こうして共に出かけることになったのである。今回は最近ではすっかり見慣れた立派なスカーフを襟に巻いての出発だ。
スカーフを巻いたナギの姿は、立派な体格も相まって、中身は子供ながら威厳のある成竜に見える。
拠点を出発し、野を越え街を越え、大竜峰へ差し掛かると、立派に見えるはずのナギは、途端にスピードを緩めて恐る恐る進んでいくようになる。
相変わらずヴァッツェゲラルドのことはちょっと怖いらしい。
今となってはナギの方が大きいくらいなのだが、小さなころに悪い冗談を言われたことを覚えているのだろう。
ちょっと意地悪な親戚に会いに行くような気分なのかもしれない。
ヴァッツェゲラルドからすれば、かわいがっているつもりなので心外だろうけれど。
山のてっぺんに近付くと、これまたいつも通りヴァッツェゲラルドが迎えに出てくる。途端に首を少し竦めたナギであったが、ヴァッツェゲラルドが『よくきたのう、ついてくるが良い』と機嫌よく迎え入れると、目を泳がせてからその後に続いた。
この時期の大竜峰のてっぺんは、既に雪が降り積もっており、とても人が暮らせるような気温ではない。
しかし、ヴァッツェゲラルドが暮らしている、山をくりぬいたような巨大な穴には、乾いた木材が大量に備蓄されていた。広間ではなく、その岩の屋根の下に入り込んだハルカたちは、周囲を障壁で囲ってたき火を始める。
ヴァッツェゲラルドは遠回しにわかりにくい言い方をしていたが、これらの木材は、ハルカたちがやって来た時のために集めてきたものらしい。意外と寂しがり屋でおしゃべり好きな真竜の普段の生活を想像して、コリンやハルカはひそかに笑ってしまった。
さて、ナギやヴァッツェゲラルドは雪が降るのも気にせずに、山頂の広場で寝そべっている。二人ほど大きいと、体の中の火炎袋のお陰で、常に体はほんのりと温かく、極寒の地でも全く気にならないようだ。
二人がのっそりと地面に横たわるとそれだけで周囲の雪はジワリと溶けていく。
それは少しの雪でも長く触れていれば致命傷となり得る人とは違い、根本的な生物としての強さを窺える光景であった。
『さて、今回もどこかへ出かけるついでか?』
「あ、そうですね。王都とエルフの森に行ってこようかなと」
『我に会いに来るときはいつもついでじゃのう』
少し拗ねたように言うのも面白い。
最初の邂逅では酷く心を乱されたものだが、今となってはあれも、寂しくて暇だからちょっかいを出してみた、くらいの感覚であったことが分かる。
どうしたって見た目がこんなだから、そうは思えなかったけれど。
「ちょうど移動の途中に住んでいるものですから」
『まぁ、北方大陸のへそのような場所じゃからな。さて、ハルカはこの間もあったとして、他の者どもはどうじゃ、どれどれ……、お? ノクトがおるではないか』
「まぁ、僕は北の方の出身ですからねぇ」
『最近はすっかりハルカと一緒か?』
「そうですよぉ、面白いので。羨ましいですか?」
『……退屈しないじゃろうなぁ』
素直に羨ましいとは言わないものの、それらしい雰囲気は感じ取ることができる。
他の真竜たちと比べると、やはりヴァッツェゲラルドには若さのようなものがあった。
『さて……他の者たちも……、まぁ、強くなっておるのか?』
「なってるに決まってんだろ」
じろじろと見られて、アルベルトがむっとした顔をしながら言い返す。
初めて会った時よりは随分と大きくなったのだが、ヴァッツェゲラルドの基準からすれば、さして大きさは変わっていないだろう。
何やら体を揺すって笑うようなしぐさをしながら口を開く。
『相変わらず生意気じゃのう……。ま、まだまだじゃな』
本当にその腕を見抜いたのか、はたまた適当なことを言っているのか、ヴァッツェゲラルドに関しては微妙なところだ。長年の付き合いと最初の印象のせいで、他の真竜と比べると、威厳というものが随分と薄れてしまっている。
『さぁて、折角来たのだから、最近の面白い話を聞かせてみよ。ほれ、この間ハルカが妙なのを連れてやってきた話も、気になっておったのだ。こちらから訪ねたりせず大人しくしておったのだから、しっかりと全部聞かせてもらうぞ』
「……まぁ、構いませんが」
わざわざ顔を出して碌な説明もせずに帰ったのだ。
多少の申し訳なさもあるので、ハルカは仕方なくヴァッツェゲラルドの要請に頷くのであった。





