振り返りと見直しの疑問
「一応あそこには昔の遺跡が埋まっていまして、それを管理する都合とかもあったんですが……、とにかく諸々の理由ですね。とはいえ、元々こちらまで足を延ばすつもりはありませんでした。先住の皆さんがいることは想像できましたし、争うつもりもなかったので」
リザードマンたちとの関係上、ハーピーや小鬼と争うことはあったが、それをしてなお、〈混沌領〉の調査を少しくらいしておこうかな、くらいの考えであった。
「じゃ、なんでそんなことに?」
「ここからずっと東へ行った端に、〈ノーマーシー〉というコボルトが住んでいる街があります。当時そこを吸血鬼の一派が占領していたんです。彼らは他の地域まで遠征して、人族の国を乗っ取っていました。その討伐のためにこちらへ来たんです」
あの遠征は、本当に吸血鬼を退治するためだけに出かけたはずなのに、あれよあれよという間にこんなことになっていた。一度手を出してしまえば、周りの危険を減らすために、あとはもうなし崩しだった。
「その際に様々な種族と知り合い……、コボルトやケンタウロスとの交流も持つようになりました。街を支配していた吸血鬼を倒したことで、コボルトたちが自由になり、放っておくわけにもいかず、安全確保のために奔走しているうちに、ですね」
「人がいいんだから」
「流されやすいのかもしれません」
「流されやすい、ってだけで王様なんてやらないでしょ」
指摘の通り、ハルカにもいろいろ事情がある。
知らないと言って帰ってもいいところを、王様を引き受けて〈混沌領〉の安寧を図ろうとしていることは確かだ。
プルプワの言葉は呆れ混じりであったが、笑い声も混じっていた。
「まぁ、その辺りのことは置いといて……、とにかく、人族の多くはあまり破壊者に良い印象を抱いていません」
「その、破壊者って言うのがよくわからないのよね。どこまでが人で、どこからが破壊者なの? ダークエルフや獣人は大丈夫なんでしょ?」
確かに破壊者というのは、おそらく千年前の戦争が終わってから、〈オラクル教〉がつけた総称だ。説明しなければ伝わらないだろう。
「ええと……、人、エルフ、小人、ドワーフ、獣人、ダークエルフは人族だと思います」
「基準が曖昧ね。吸血鬼なんて見た目はほとんど人だけど」
「そうなんですけど……、おそらく当時それを決めた人が敵対していた種族とかを、破壊者として定めたのではないかと思っています」
「ふーん、難儀ね。コボルトなんて昔はよく、人とも一緒に暮らしていたと聞いたけど。あれは他の色んな種族とも仲が良かったけど」
「あ、やっぱりそうですか。あれだけ懐っこいのでそうなのだろうとは思っていましたが」
コボルトの単純で従順で勤勉な性格は、昔から変わらないようだ。
元の世界に住んでいた頃から大型犬を飼ってみたかったハルカとしては、本当はぜひともコボルトは常に数人拠点で歩き回っていてほしいところだった。
そんなことをして見つかっては大変なので我慢しているが、それくらいには愛らしく、親しみやすい種族である。
「ま、大体経緯は分かったわ。私がやることは、森の蜘蛛人すべてにこの事情を伝えて協力を仰ぐことね。そこの大きな竜の子がつけている赤いスカーフが、あなたたちの仲間って目印ね?」
ハルカとプルプワがずっと普通に会話していることから、少し慣れてきたのか背後ではナギがそろりそろりと頭を森から出し始めていた。ママと仲良しなので安心、というのはどうにも子供っぽくて可愛らしい感性である。
おかげで見えているナギの首元には、大きな赤い布に金糸で竜が描かれたスカーフが巻かれている。布面積があまりに広くて涎掛けのようにも見えるかもしれないが、一応スカーフのつもりだ。
「はい、そういうことになります。私の仲間にはプルプワさんのことを順次説明しますので、そもそも戦いになることはないはずです。問答無用で攻撃してくるようなものは、おそらく私たちの仲間ではないのでお気を付けください」
「巨人がたまに森にやってくるから、そっちにも話を通しておいてくれない?」
「やっておきます。帰る前に平原に寄って、西側の巨人の長であるグデゴロスさんには伝えますし、次にこちらへ来るときには他の種族にも蜘蛛人のことを伝えておきます。そうして最後にまたここにきて、プルプワさんの状況を確認するような形になるかと」
「ま、そんなところね」
プルプワは首の角度を変えながら、右左と交互に空を見つめながらしばらく考えてから、大きく頷いてハルカの説明に納得したようだった。
「私からはそれくらいですが、逆に蜘蛛人の中で困っているようなことはありますか?」
「ないかな。……いや、百年前くらいに、やたらと強い人と獣人がやって来たことがあったんだけど……、そういうのが来ないようにだけしてもらえれば」
何やらこれも思い当たる節のある言葉だった。
「それって、剣士と背の低い桃色の髪をした獣人じゃないですか?」
「そうそう。有名なの?」
「……片方は知り合いですし、桃色の方は私の師匠なので、それに関しては心配しないでください」
「あら、まだ生きてるのね。……人ってそんなに長生きする? もしかして私と同じように、ゼスト様にでも会ったのかしら」
魔素を体に巡らせるものは、身体の状態が最適化されやすく、年を取りにくいというのはこの世界の事実としてある。
ハルカもずっと疑問として持っていたことだが、今話した二人や、北方冒険者ギルド長のテト、それに共に吸血鬼退治にやって来たカナは、どう見たって姿が若々しすぎる。
彼らの共通点は、百年ほど前、【独立商業都市国家プレイヌ】ができた頃にチームを組んでいたということだ。もう一人、ハルカたちが苦手とするエルフの魔法使いであるユエルに関しては、エルフだから年を取っていないのか、他の四人と同じなのかはわからないけれど。
「神様に会うと長生きするんですか?」
「分からないけど、私はそうなんじゃない? 会っただけじゃなくて、何か魔法みたいなものをかけてもらったのだと思うけど」
「魔法、ですか」
「そう。だって相手は神様だから。何だってできるでしょ」
その神様が夢にしか出てこないからハルカはちょっと困っているわけだが。
神様にもできることとできないことはあるのだと思う。
ただ、もしかすると『相手を不老にする』というのは、できないこと、には含まれないのかもしれない。





