蜘蛛の生態
「お前、近頃森の辺りをうろうろしてる奴でしょ。竜を連れて……」
「はい、そうです。そちらは二度、こちらの様子を探りに来ましたよね」
「…………それで殺しに来たってこと?」
「いえ、お話をしに」
アラクネの目はぎょろりぎょろりと動いているが、ハルカにはそれがアラクネにとって普通のことなのか、それとも動揺していたり、何かを企んでいるためのものなのかもわからない。
初めて会った種族の性質を見極めるのは困難だ。
しかし、雰囲気からしてハルカを恐れているらしいことだけはなんとなくわかった。そりゃあ空を飛んで追いかけてきたうえに、糸をものともせずにぶち破り、挙句燃やし尽くそうとしたのだから怖いに決まっている。
「こちらの様子を探った上で、攻撃をしてこなかったので話をする余地があるのではないかなと」
「…………何が目的」
「これからこの辺りを通過することが増えるので、余計な争いにならないようにあらかじめ挨拶をしておきたいと思いまして」
「挨拶?」
挨拶と言って攻撃してくるのではないかと、アラクネの方は当然疑ってかかっている。自分より強いものを相手にしているのだから当然のことだ。
「はい、挨拶を。ご存じの通り、私は竜と一緒にここに来ることが多いです。万が一捕らえられて食べられてしまうと困るので、そういった事態が起こらないように、あらかじめお願いしに来ました」
「お願い……?」
しかし段々と様子がおかしいぞ、となってくる。
これだけ執拗に追いかけてきたくせに、お願いとか言い出す気持ちが分からない。
圧倒的に強いのであれば、それを背景に脅せばいいだけの話なのだ。
そもそもアラクネは生まれてからずっと、森の中で弱肉強食しながら生きてきている。子供のことは大事にするので、一族で縄張りを維持するために他の同種族と戦うような事もあるのだが、そもそもが自分より弱いものを狩るのが専門で、強者に挑むような性質をしていない。
『絶対に手を出すな』と命令されれば、素直にそれには従うつもりであった。
「はい。この辺りのアラクネの皆さんとも顔を合わせて話をしてみたいのですが、いかがでしょうか?」
「……一族なら紹介出来るけど、それ以外は知らないよ」
「なるほど……、アラクネの皆さんたち同士では交流はあまりないということですか?」
「そういうこと。あたしの方から一族には話しておくから、それで……」
瞬間、アラクネは地上に張り巡らせた糸が震えたのに気が付いて、視線を下へ向ける。
随分と焼き払われてしまったせいで、これ程までの接近に気づかなかったことに驚愕しつつ、瞬間的に伸ばしていた糸を回収しつつ、木を蹴り飛ばすようにしてバックステップをした。
ハルカ一人でも相手にしていられないのに、仲間までやってきてはお終いだ。
逃げの一手を打つしかない。
どこかで家族と接触して、この辺りから撤退することまでアラクネは瞬時に考える。ただ、そのどこかというのは〈混沌領〉内である限り、ほぼハルカのお話範囲であることには、もちろんまだ気づいていない。
「逃げた!?」
「多分驚いたのだと思います。ちょっと二人で話してくるので、皆は戻って待っててください!」
「大丈夫かよ!」
「はい!」
今までの行動を総合して、ハルカはどうやらアラクネが割と臆病な種族なのではないかということを察した。
プライドが高そうな雰囲気もなかったし、ハルカ相手に常に疑心のこもった上目遣いだった。目が泳いでいたのもおそらくそのままの意味で、動揺していてかつ、逃げ出せないか考えていたと捉えるとわかりやすい。
その上仲間たちがやって来た瞬間に、飛び上がるようにして去っていくのは、どう見たって怖がっているとしか思えなかった。
ハルカは飛ぶように逃げていくアラクネの後を追いながら、昔読んだ虫の図鑑を思い出す。蜘蛛というのは結構臆病な生き物なのだ。
悪いことをしてしまったかもしれないと思いつつ、先ほどよりもゆっくりと後を追いかける。
しばらくするとまた蜘蛛の糸に体が絡まってしまったけれど、今度は焼き払ったりせずにそのまま追跡。そうしてやってきた場所で待っていたのは、先ほどのアラクネと、それの数倍の大きさはあろうという大蜘蛛であった。
よく見れば一応その上にちょこんと人型の女性が乗っかっている。
しゅーっと飛んできた糸を、ハルカは躱すことなくそのまま受け入れた。
「あ、だめ、おばあちゃん!」
「あんたを追いかけてきたのだろう、何がダメなの?」
「めちゃくちゃなの、こいつ。戦ったらだめ!」
「そんなこと言ったって……、もう捕まえちゃったし……」
顔までぐるぐるにされてしまって会話ができなかったので、ハルカは腕を無理やり動かして、顔の部分に引っ付いている糸だけ無理やり伸ばして避ける。多少の動きにくさはあったが、力ずくで何とかなる範囲だ。
「あの、お話の途中なので追いかけてきただけで、戦うつもりはありません」
「ほらぁ!」
「何連れてきたの、あんた!?」
「わかんない!」
「あの、ちょっと話を……」
「わかんないって何! 変なのと関わったらだめって言ったでしょ!」
「だって!」
「だってじゃない!」
二人の会話が始まってしまって、ハルカはどうやら声が届いていないことに気づき、しばしぐるぐる巻きのまま二人の言い争いを見守るのであった。





