砂漠の遺構
ラミアたちの住処にたどり着くと、驚いたことに地下への入り口付近に、いくつか簡単な家のようなものが建っていた。
少し距離をとって降りてみると、どうやらガルーダやコボルトたちがそこに住んでいるらしいことが分かる。ガルーダは元々コボルトと共生しているようなところがあるので、こちらへやってくるときに一緒に連れてきたのだろう。
ティニアはまるでルチェットがヴィランテに夢中でこちらに居座っているような言い方をしていたが、どうやら数人が移住してこちらでの暮らしも試してみているところのようだ。
実際ガルーダたちにとって、海に近いこの場所は、魚もよく取れて住みやすい環境であるのだろう。
干した魚があったり、地面を耕した跡なども見える。
色々な種族が仲良く暮らせる環境をよしとしているハルカは、とても良いことだと頷いていたが、ヨンは村の光景を見てその場に立ち尽くした。
「どうした」
「どうしたってこれ、こ、ここ、遺跡だろ。普通に家建てちゃってるじゃんか……」
ジーグムンドが横に並んで尋ねると、ヨンが声を震わせながら答える。
ラミアたちが暮らす地下遺跡の上には、普通に昔の街の遺構が残っている。
積み上げられた石などは、かつてのこの辺りの建築様式や、戦いの形跡を知る手掛かりとなるはずだ。
遺跡調査をしたいヨンとしては、表層に露出している遺跡の跡に、普通に家が建っているのが許せないようだった。
「仕方がないだろう、生きている者優先だ」
「…………いや、分かってんだよ。でもちょっと今の状態を調べておきたい。どうなるかわからねぇし、まずはここから調査になるかもな」
「好きにしろ。でも喧嘩を売るようなことはするな」
「分かってるって」
ヨンもハルカの方針についてはよく理解しているから、自分の都合を押し付けるようなことを言うつもりはない。せめて形を保っている間に、色々と調べてしまいたかった。
地下に降りる入り口は、今はあけ放たれたままになっているようで、そこからひょこりと一人のガルーダとラミアが頭を覗かせてハルカたちの方へやってくる。
「ハルカ、久しぶりだな。今日はユーリはいないのか」
ルチェットはハルカと一緒にいる面々を見て尋ねる。
ユーリと仲良くしていたので、その成長が気になったのだろう。
なかなかの好青年ぶりである。
「はい、今日は留守番です。今回は人族の仲間を紹介しに来たんです。昔のことを調べるのが好きな人たちで……」
そこまで話したところで、慌ててやってきたヨンがピタッと足を止めて挨拶を引き継ぐ。
「ヨンだ。この辺りも昔の街の跡があるな」
「お、おう。ルチェットだ。気になるのか、これ」
「そうなんだよ。俺たちは遺跡って呼んでるんだけどな。昔に何があったか、調べて知りたいんだよ」
「へぇ、面白いな。そんなこと考えたこともなかったぜ」
ルチェットや一緒に来たコボルトたちからすれば、整えられた形の石が多いから、家を建てるのに便利だな、くらいの感覚である。遺跡にまったく興味のない者たちの感想なんてそんなものであった。
「な、ハルカ。ここで移動は終わりだってんなら、俺たちはまずここから調べるぞ。露出してる遺跡が少しでも風化する前に、ある程度調査しておきたい」
「はいはい、それはお任せします。でも多分、地下の方が気になると思うのですけど……」
「地下?」
街の遺構ばかり見ていたヨンは、地下から二人が顔を出したのを見ていない。
不思議そうに首を傾げたところで、ヴィランテがにっこりと微笑む。
「気になるなら見せてあげるわよ?」
「お、まじ?」
「ええ、もちろん。こちらへどうぞ」
ヴィランテを先頭に地下へと向かうことになった一行は、階段を下りて狭い通路を進んでいく。
その間に前へ出て行ったコリンは、ヴィランテの横に並んで問いかける。
「調子はどう?」
視線はちらりとルチェットの方へ。
質問の意図を察したヴィランテは、「ふふ」っと笑ってから、「ばっちり」と答えた。どうやらしっかりとルチェットの心を掴んでいるようだ。
ルチェットは久々に会ったハルカと話しており気づいていないようだが、その後も先頭を歩く二人の内緒話は続く。
「この地下は、海まで続いているんです。昔は宿泊施設だったのだと思います。今でも換気などは動いていて、ラミアたちの住処となっています。資料などがあるかはわかりませんが……、その辺りは住んでいるラミアたちに聞いてみてください」
紙の媒体というのは意外と脆い。
保管の魔法か何かが効いていない限り、千年も前の書物がそのままの形を保っていることはまれだ。普通に考えれば資料はないが、壁に刻まれた文字などは残っていてもおかしくない。
口をあんぐりと開けたままきょろきょろしているヨンは、きっとしばらくこの遺跡を寝る間も惜しんで調べることになるだろう。
「あ、ヴィランテさん、ゼアンさんはお元気ですか?」
「相変わらずのんびりと暮らしているわ。ゼアンが役に立つ日なんて来ない方がいいからいいのだけど」
ゼアンとは、この遺跡に居候している吸血鬼のことだ。
クリフトという吸血鬼の中でも王たる血を引いているというのに、特に何をするでもない昼行灯のような男である。〈ノーマーシー〉にいるエターニャはこのゼアンの娘であり、ラミアでありながらクリフトの名を継いでいる混血だ。
ゼアンは一応力のある吸血鬼ということで、本当にいざという時のための戦力、のつもりでラミアたちはお世話をしてあげている。単純に見た目は美男子であるので、退廃的な生活もしているようだが、まぁ、とにかく、居候させるだけの価値がラミアたちにとってはあるのだった。
「そうですか……、あとで挨拶だけしておきますね」
「そうですね。……それにしても、そちらの方の目的は遺跡の探索でしたか。私の父も、遺跡を巡ってここまでやってきた人だったんですよ。いま通ってきた通路も、父が掘った避難通路なんです」
「こんなとこまで来た奴がいるのか! 父ってことは最近の話だろ?」
「ええ、三十年ほど前にやってきたんです。戯れにここのことも調べてまとめていたりしたので、見たければ父の手記を後で渡しますよ。私には訳の分からない内容ですし、興味のある人に譲った方が、きっと父も喜ぶと思うので」
「まじ!? うおお、どうするジーグ、俺は今めちゃくちゃ嬉しいぞ、おい!」
思いもよらぬ話が飛び出したヨンは、バシバシとジーグムンドを叩きだす。
ジーグムンドはじろりとヨンを見下ろすと、「そうか、良かったな」と、少しだけ口角を上げて笑いながら答える。
これだけわかりやすく喜んでもらえると、ヴィランテも嬉しかったようでつられて「ふふっ」と笑うのであった。
11/7に漫画出ますよ漫画!





