知らないこと
当然のように飛んできた質問だが、この答えはハルカの中でもう決まっていた。
「それが分からないんです」
「分からない……?」
「はい。私、気付いたときにはこの姿で、〈オランズ〉の街の近くで目を覚ましたんです。それまでこの世界で生きてきた記憶もありません」
ずるい言い方だが嘘ではない。
この世界に来たのはその時なのだから。
実は前世の記憶があってその時はおじさんでした、って言っても余計に混乱させるだけだろうと配慮しての説明である。
「……どういうことだよ?」
「だから、分からないんです。ただ、色々な場所を旅して、過去の様々な話を知る限り、ゼスト様と無関係とは思えないんですよね」
「そりゃそうだな」
「だからこそ、遺跡や過去のことが気になっている部分はあります。そこに何か自分の正体を知るきっかけがあるのではないかと。調べてきた結果、ゼスト様やオラクル様が、どうやら実在するらしいこともわかりましたので、会ってお話しできるのが一番近道なのですが……」
それについては向こうからの接触待ちの部分がある。
今のところノクト以降に二柱の神と接触したという話は聞いたことがない。
つまり最後に実体を持って現れたのは、百年も昔のことだ。
「なるほどな……、ってことは俺たちもそれを気にして調査した方がいいってことか。……なんか聞きゃなんでも答えを知ってるんじゃないかって思ってたけど、ハルカはハルカで分からないこともあるってことか」
「まぁ、姿が似ているだけで神様ではないので」
ヨンも納得したようで、腕を組んで首をひねっている。
「ハルカもよくわからない生い立ちだなぁ……」
「はい……。初めはダークエルフの下へたどり着けば、何かわかるかと思っていたんですが……」
知れば知るほど、ダークエルフ、というよりも神様が何かしら関与しているようにしか思えない。
「行ってみたのか?」
「あ、そういえば他のダークエルフに会ったことはないです」
「へぇ、行けばいいのに」
「いつか行こう、でずっと過ぎてしまってますね。……そういえば、北方のエルフの森にもいつか行こうと話しているのに行ってません」
「あちこち行けるから余計にって感じだな」
「そうですね……」
北方大陸の最北西にある森は、【テネラ】と呼ばれるエルフ種族が合同で統治する国となっている。あの国に住むエイビスという女性に、そのうち訪ねると言ってあるのだ。
エルフというのはそもそも寿命も気も長い種族であるから、数年くらいは気にしないだろうが、約束は約束である。
「あ」
「何だよ今度は」
「いえ、リーサに報告をしなければいけないこともあったなと。ヨンさんたちの案内を終えたら、今度はネアクアまで行ってこようと思います。時間に余裕があれば、そのまま【テネラ】に顔を出すのもいいかもしれません」
「あー、いいかも。一応北禅弓は貰ってきたけどさ、それとエルフの弓を見比べてみたいって思ってたんだよね」
コリンが前のめりで同意する。
北禅弓は、確かに丈夫で威力が出るのだが、コリンが普段使っている弓とは少しばかり勝手が違うのだ。元々エルフの弓術師に弓を教わったコリンとしては、【テネラ】の弓もしっかり見ておきたい。
コリンは体術の戦闘も得意とするところだが、前線をアルベルトやモンタナ、それにレジーナやイーストンに任せるのならば、チームとしては援護にまわった方がバランスが良いのだ。
「北禅弓ってなんだ?」
「んとね、【神龍国朧】の強い弓かな」
「そういや侍が仲間にいたもんな……。そんなとこまで行ってるのか」
「〈ノーマーシー〉からだと案外近いんですよ」
「地図的には確かにそうなのか……?」
ヨンは首をひねってみるが、想像した地図はぼんやりとしている。
案外この世界の冒険者で、頭に世界地図を思い浮かべられるものは多くない。
空でも飛ばない限り、一日の移動距離は限られているし、そこまで大きな縮尺の地図を見たって、あまり役に立たないからだ。
ヨンがぼんやりとでも理解できているのは、遺跡のある場所をある程度記憶しているからである。
ハルカたちが話し、ヨンが質問を投げかけ、それに応えているうちに、少しずつ夜は更けていく。遺跡に潜ることばかりしてきたヨンにとって、ハルカたちの言葉は新鮮であった。
新しい出会い、新しい場所。自分たちとは違う暮らしをする人々。
もしかすると今夜のヨンの一番の収穫は、ハルカの正体の話なんかよりも、地上を旅する冒険者の気持ちを僅かばかりなりとも理解できたことだったかもしれない。
さて、翌朝早くに空の旅に出た一行は、ガルーダたちが暮らす山へと向かい、ヨンたちを紹介。彼らはハルカの力をさんざんに思い知っているから、全面的な協力を約束してくれた。
その中に最初にハルカたちに協力してくれた若者、ルチェットの姿が見えないことに気が付いたハルカが、気になってその行方を尋ねてみると、意外な答えが返ってきた。
なんと自分に好意を寄せているラミアのヴィランテの所へ会いに行っているらしい。
「あの馬鹿者、半分くらいはあちらで暮らしておるぞ」
頑固老人のティニアのぼやき。
「よし! 急いで見に行こう、さ、行こ!」
「はぁ……、あまり邪魔はしないようにしましょうね」
「しないってっ、ほら、行こ!」
これにテンションを上げたのはコリンだ。
他人の恋路を覗くのが大好きなコリンに促されて、ハルカたちは早々にガルーダたちの山を離れて、ラミアたちの住処へと向かうことになったのだった。





