ハルカの目的
塔の上でしっかりと日記を読み込んできたらしいヨンたちは、神妙な顔をして戻ってきた。そうしてハルカたちを見つけると、真面目な顔をして声をかけてくる。
「ちょっといいか?」
「ええ、もちろん」
全員で集まったところで、ヨンは呆れた顔で口を開く。
「しっかり読ませてもらったけどよ、千年前の戦争、あれ読む限りほとんど人同士の戦いじゃねぇか」
「そうですね」
「どうなってんだよ、〈オラクル教〉の教えは」
〈オラクル教〉の教えによれば、これまで破壊者を一方的に悪者と断じ、破壊者に追い詰められたことで人族が数を減らしたとされているが、日記の記述を信じるのであればそのほとんどはでっち上げだ。
ヨンたちが深刻な顔をしてやってくるのも当然だった。
「人々が大陸の西の方まで生息域を狭めたのは事実です。そしてその間に大陸の大部分に、破壊者たちが住みついていたことも、ある程度事実なのでしょう。いつから〈オラクル教〉の教えが、破壊者を悪と断じたのかわかりませんが、当時はそれが必要だったのではないかと私は思っています。例えば、小鬼や半魚人は無差別に他の生き物を襲います。豚人も、会話こそできますが、これもまた飢えれば人を襲います。巨人の一部だってそうですし、吸血鬼の中には人を家畜のように考えている者もいます」
「……ハルカは〈オラクル教〉と敵対してるんじゃねぇの?」
「いえ、敵対はしてません。むしろ敵対したくないんです。だから、神殿騎士たちをこちらに通していないんです」
「なるほど……、でもな、間違ってるのは〈オラクル教〉の方だよな?」
過去の真実を知るために遺跡を探索しているヨンは、真実が大きく捻じ曲げられている状況が気持ち悪かった。ハルカの言っていることもわかるのだが、これからハルカがどうしていこうとしているのかが気になって仕方がない。
破壊者たちの王になっている以上、立場を〈オラクル教〉側と〈混沌領〉側の二つに分けるのであれば、後者であるはずだ。
「ええと……、難しいのですが……。今広まっていることに否を突き付けても意味がないと思うのです。私が見据えるべき未来は、教えや歴史が間違っていたことを正すことではなく、これからどうやって人と破壊者が共存していくか、なんです。過去の過ちを振り返るのは、それが当たり前になってからでもいいのではないかと。遺跡を調べるヨンさんたちからしたら、事実を捻じ曲げたままにしておくことは、許せないかもしれません。ただ、私はそれが、〈オラクル教〉を信じる人と、殺し合いをしてまで早急に正すべき事実とは思っていません。……うまく伝わってますか?」
「…………なるほどな、わかった。ゆっくりとした変化を望んでるってことか。そのために、〈混沌領〉の地理的なものを利用して、その入り口を封鎖。冒険者活動をして破壊者による被害を減らしつつ、保護すべき奴らはこっちに保護、って感じか。もしかしてハルカって、実は昔からこんなことしてるんじゃねぇのか?」
これだけ大きな話になってくると、ヨンにはそうとしか思えなかった。
もともと混沌領の出身者で、現状を何とかするために冒険者になった、と言われれば納得してしまう。
「あ、いえ、王様になったのは完全に成り行きですし、冒険者になったのはアルたちに誘われたからです。本当は街でのんびり働いて生きるつもりでした」
「…………それがどうしたらこんなことになるんだよ」
「私にもそれがよくわからないんですよね……」
様々な選択肢をハルカなりに真面目に考えて選んできた結果こうなっているので、どうしたらと言われてもさっぱりだ。
「まぁ、でもわかったよ。俺たちはこれまで通り遺跡の調査をする。それで、過去の事実が分かるような資料があれば今後はしっかり保管しておく。いざってときにハルカの役に立つかもしれないからな。俺たちはあれこれどうしてほしいなんて言わねぇし、ハルカの方針に同意しとく」
「……ありがとうございます。こんな不意打ちのような形で巻き込んでしまっているのに」
「いや、何言ってんだ? 俺が頼み込んだんだろ。自由に遺跡探索できるんだからなにも文句ねぇよ。それになぁ、あの日記見ちゃなぁ……、コボルトたちが悪い奴とは到底思えねぇし」
先ほどから自分たちの話をしている声が聞こえたのか、一匹のコボルトがヨンの真横にやってきて、舌を出しながら首をかしげる。
「呼んだ?」
「呼んでねぇよ」
ヨンが笑いながら顎の下をかいてやると、コボルトは「そっかー」と言ってふらりと去っていった。
あっちへうろうろ、こっちをうろうろしている休みの日のコボルトたちの姿は平和そのもので、とても破壊者なんて冠をかぶせて良い種族には見えない。
「そうなんですよね……。王国なんかでは人族至上主義的な考えもあったようで、近年ではエルフや獣人を差別するようなこともあったそうです。リーサはその考えを一掃するために苦心しているようですが……」
「へぇ、〈エレクトラム〉にいる時は、あまりそんな印象なかったけどな」
それは多分、ヨンがただの子供に見えていただけだからなのだが、ハルカはそのことを口にはしなかった。
「あそこの侯爵様は王国の中でも変わり者のようなので」
「ところでリーサって誰だ?」
「あ、ディセント王国のエリザヴェータ女王陛下です」
「……そんなのとも知り合いなのかよ」
「色々ありまして」
「その辺の話も必要なことがあったらまた聞かせてくれ。俺たちの頼み事としては、とりあえず〈混沌領〉の連中に俺たちの面通しをしてもらいたいってことだな。どんな奴らがハルカの仲間なのか覚えておきたいし、万が一遺跡調査中に出会ったとき敵対もしたくねぇから」
「わかりました。ここを出たらぐるっと回って会いに行くことにしましょう。遺跡調査をするときには、ナギがつけているようなスカーフをつけるといいと思います。あれが私たちの仲間の印だと、一応皆さんには伝えてあるので。拠点へ戻ったら急いで準備をします」
「よし、じゃ、色々分かった上で改めてよろしくな」
「こちらこそ」
ハルカはすっきりとした表情をしたヨンと手を握り合って、どうやら今回の仲間入りも順調に進みそうなことに、ほっと胸を撫でおろすのであった。





