冬の王
モル=ガとゆったりとした会話を続けていると、不意に水面が揺れて人魚たちが複数人顔を出した。その中にまとめ役であるルノゥがいるところを見ると、どうやらハルカがやってきたのを察しているようである。
「陛下、お久しぶりですね」
「はい、ルノゥさん、お久しぶりです。海の方には異常ありませんか?」
「一つを除けば。それに関連し、少しばかり他の島々からやってきた仲間が増えましたので、挨拶のために集めてきました。皆さん、こちらがハルカ陛下ですよ」
ルノゥが紹介をすると、人魚たちが口々に挨拶をする。
どこそこの島からやってきた某で、総勢何名、と言ったような自己紹介が続き、ハルカはその度よろしくお願いしますと頭を下げる。
これだけ腰を低くしていると侮られそうなものだが、新たにやってきた人魚たちはちっともそんな雰囲気を見せることなく、むしろハルカを前に緊張しているようですらあった。
「……あのぅ、どういう経緯で皆さんいらしたんですか?」
一つの問題というのが気になったハルカは、恐る恐るルノゥに尋ねる。
「はい、この者たちは主に北の方の島で暮らしていました。……一つお尋ねしたいのですが、陛下は少し前、北の方の海で半魚人をまとめて倒していませんか」
「……あー、はい、しました」
「どのように?」
「……空を飛んで海ごと凍らせました」
言葉にすると何となく罪悪感があったが、ルノゥは満足そうにうなずいた。
「ああ、やはりそうでしたか。突然海が凍り付き、ダガンの死体が流れてきたと、彼女たちは心配して避難してきたんです。海にたちまち冬をもたらしたとして、彼女たちはそのとてつもない力を持った者を、【冬の王】と呼んでいました。話を聞いている限り、なんとなく陛下のことじゃないかなと思っていたんですよ。ちなみになぜそのようなことを?」
「あの辺りで半魚人が異様に増えていて、近隣住人が困っていたようなので。人魚の皆さんもお困りと聞いていましたし……」
ハルカが言い訳をするような調子で釈明をすると、ルノゥ以外の人魚たちがほっとしたように互いに顔を見合わせた。
「ありがとうございます。彼女たちは結果的に北の海を離れることになりましたが、ここで穏やかに暮らしています。半魚人の襲撃に怯えなくて済む毎日は、陛下のお陰、ということもよく理解しています。数が増えることがあっても心配なさらずにどうぞ」
「はい、心配はしておりませんが、何か問題が起こったり、不都合なことがあったら早めに街にいるニルさんに報告してください。私も伝えた翌日に来れるわけではありませんので」
「はい、頼りにしていますね?」
ルノゥは終始他の人魚たちの様子を気にしながら話していたが、どうやら無事にハルカがどんな存在であるかを知らしめることができて、安堵したようであった。
自分の連れていた一族だけではなくなったことで、その管理がきちんとできるか不安だったのだろう。
しかしそのトップがすでに十分な力を示していることが相手に伝われば、侮ろうという気持ちは湧いてこない。早い段階でハルカに服従していたルノゥの立場は自然と上がり、人魚たちをまとめやすくなる。
この辺りの海の資源は豊富だ。
争わなくとも十分に穏やかに暮らしていけるが、それよりも何よりも、ルノゥは自分たち人魚の中にハルカを侮るものがいることをよしとしない。
穏やかな性格であることは十分にわかっていても、ハルカは王なのだ。
ハルカ本人が思っている以上に、王に心酔している種族がいることはこれまでの話し合いでよくわかっているし、この国の中で人魚の地位を下げるようなことは、将来のことを考える上でも絶対に避けるべきことであった。
「そういえば……、いつになるかわからないのですが、そのうちここを港として使うこともあると思います。その時は皆さんの生活の妨げにならないようにしたいので、遠慮なく意見を聞かせてください」
「ええ、お気遣いありがとうございます。そのつもりでこの辺りは生活区域にはしていません。今度魚を閉じ込めていく生け簀を作ろうと思っているんです。捕まえた魚をその中に入れて、網でいつでも掬えるように」
「それはいいですね。役に立ちそうなことは、あまり私のことは気にせずどんどん試してみてください。でも上手くいかなくて問題が起こった時はすぐに連絡です。お願いしますね」
「はい、もちろん」
これだけ管理する場所が広くなってくると、それぞれの場所を暮らしている者たちでうまく回してもらうほかない。ほとんどのことは自分たちで解決できるのだろうが、いざという時にはことが大きくなる前に対処したいハルカである。
取り返しがつかなくなるのが嫌だからこそ、何度もルノゥにも念を押す。
この世界でそんな概念があるか知らないが、報告連絡相談はどんな組織でも重要だとハルカは考えていた。
破壊者たちは割と単純だ。
強いものに従い、弱肉強食的な考えを持っている。
だからこそ逆に、自分だけの利益を考えてずるがしこく行動するものは少ない。
本来は法律的なものを設けて、罪や罰を定めておくべきなのかもしれないが、現時点ではこの国にそんなものは存在しなかった。
悪いことをすれば王様がやってきてそれを排除する。
それだけがこの国の法になっている。
いずれは何かしら定めなければなぁと思いつつ、後回し後回しになっているのは、法を順守させるほど情報網が整備されていないせいもある。
できればこのまま穏やかな国であってほしいと願うハルカは、ルノゥたちやモルから近況を聞き取り、坂道を上って街へと戻っていくのであった。





