時代の終わり、千年間の歴史
長いらせん階段を上がって、梯子を下ろしてジョーの私室へ入る。
植物園は前来た時と変わらず自然にあふれ、ぼんやりとした光が天井から降りてきている。
ハルカは机にしまったジョーの日記を取り出した。
これを見れば、千年前に何が起こったのか、ジョーの視点からではあるが、ある程度理解することができる。
「間もなく暗くなります。外に出て……」
と言いながら振り返ると、ヨンはべったりと植物園の壁にへばりついて中を覗いていた。
「ちょっと中に入ってもいいか?」
「ええ、構いませんが……」
「よしよし……」
ヨンが扉を開けて中へ入っていったので、ハルカたちもその後に続く。
少し暖かく、湿度は高く保たれているその空間には、様々な植物が生えている。
今ではさまざまな植物が、すっかり道まで侵蝕してしまってきているが、きっと昔は整然とした美しい植物園であったのだろう。
「暖かい。これ、どうなってるんだ?」
「おそらく太陽光を集めて温度を調整する仕組みがあるのではないかと」
「千年前にはそんな技術があったのか……。……神人戦争がなきゃ、今頃どんな世界になってたんだろうな」
蔦の張った壁や天井を眺めながら、ヨンは呟く。
様々な過去の遺物を見てきたヨンには、他の人よりも明確なビジョンが思い描けているのかもしれなかった。
「……戦争が起こって、壊滅的な兵器が使われたことで、人は大いに数を減らしました。おそらくその時に、破壊者もまた数を減らしています。文明を持ち出すことも難しく、西へ西へと逃げて、人々は【神聖国レジオン】や【ロギュルカニス】へたどり着いたのでしょう。荒れ果てた地には昔よりもはるかにたくさんの魔物が生まれました。人よりも強靭な肉体や強い性質を持つ破壊者たちが、先にその地へ足を踏み入れました。そこでようやく人々も生存区域を広げるために東へ東へと移動していき、先住民となっていた破壊者たちとぶつかったのではないか、というのが私の想像です」
これが、ハルカが抱いているこの世界の直近千年の歴史である。
専門家であるヨンの話を聞くために情報を開示してみたが、ヨンはハルカの話を聞いてしばし黙り込んでしまった。
「そうかもしれないな…………」
「あの、何か……?」
すごく意味ありげに顔を見上げられて、ハルカは困った顔をして問い返す。
「いや……、なんかまだまだ聞いてないことがありそうだなって察しただけだ」
「あー……、そうですね。だんだん何を話していて話していないのかわからなくなってきましたが……。一応順を追ってやっているつもりです」
「ま、別にいいんだけどな。俺は遺跡探索できればさ。神人戦争より前の時代のことも気になるし」
「あ」
そういえば真竜関係の話もあまり話してあげられていない。
グルドブルディンのことなどをどう伝えるべきか。
「なんだよ、その意味ありげなの」
「いえ、えーと……。まぁ、おいおい……。一応〈混沌領〉における遺跡らしき場所はいくつか既に把握してまして、そのうち一つが先日のコボルトの住処。それから山奥の崖にももう一つコボルトたちが住んでいた場所がありまして、そこには壁画もありました。それに砂漠を越えて北の方の地下と……、ガルーダたちが暮らしている山の中にもありましたね」
「ふーん。それ、どっから調査してほしいとかあるのか? なんか知りたいことあるんだろ?」
「あ、それでしたらえーっと……」
できることなら巨人族の土地に近い崖にあるコボルトの住処がいい。
あそこの壁画には神様の姿が描かれており、あれがどんなシーンなのかはずっと気になっていたところだ。
ただ、壁画を見つけてしまえば、ハルカとゼストの共通点にも気が付くことだろう。そうなったときハルカは、まだ何かを聞かれても答えられることはない。
「まぁ……、どこからでも構いませんが……」
「そうか? ならいいけどな」
ヨンは喋りながらかつては道であった所を進んでいき、やがてジョーの墓石の前にたどり着く。そこで足を止めて暫くそこに刻まれた文字を見ていたヨンだったが、やがて眼を閉じてしばし黙とうしてから、くるりと踵を返して元来た道を戻りはじめた。
「ジョーって博士は慕われてたようだな」
「はい、その方が遺した日記がありますので、外へ出る前に渡しますね」
「まじ!? よし、早く降りようぜ、めっちゃ気になる。なんだよそれ!」
それを渡そうとしたらヨンがさっさとここに入っていってしまったわけだが、ハルカは子供ではないのでいちいちそんなことは指摘しない。
ヨンは典型的なせっかちな性格なのだろう。小人族にはよくいるタイプだ。
日記を手渡すと、ヨンは手袋をつけてそれを受け取り、大事そうに抱え込んだ。
「これがかぁ……。ここで読んでいきたいけど、もう夜になるもんな」
「はい、明日ここにきて読んでも構いませんが……」
「…………そうだな、今日は我慢するか。こういうのは安置された部屋からあまり持ち出したくない。ここの安定した空気だから紙が維持できてるのかもしれないし、魔法がかかってるかもしれない」
それは多分、遺物への敬意のようなものなのだろう。
ヨンはハルカに本が置いてあった場所を聞き出して、引き出しの中にそっと安置して、名残惜しそうに何度も振り返りながら、屋上の部屋を後にするのであった。





