コボルトと〈ノーマーシー〉と博士の話
ヨンはしばらくの間もみくちゃにされていたが、しばらくすると満足したのかコボルトは四方八方に散っていった。コボルトたちにも性格があるから、それでも数体はヨンにくっついて質問を投げかけていたし、ジーグムンドはしっかりと肩や頭にコボルトを乗っけている。
ぴょんとナギの背中から飛び降りてきたモンタナがハルカの横へやってきたころに、ヨンたちもようやくそこまでたどり着いた。
「どうですか?」
「どうもこうもねぇよ。すごい数のコボルトだな」
「でも人が噂するような凶暴な雰囲気はないでしょう?」
「まぁな……。っていうか、それに関してはもうわかったよ。これだけの街を作って他の種族と仲良くやってんだったら、人とも仲良くできるんだろうな。……っていうか、人族っぽいのいるけどその辺はどうなってんだ?」
ウルメアやラジェンダを見て尋ねるヨンに、ハルカは苦笑する。
「少し場所を移動しながら話しましょうか」
ここも説明をすれば長いのでおいおい説明する形になるだろう。
女性にすぐ声をかけるクエンティンには、あらかじめラジェンダに声をかけることは控えるよう伝えている。どこへ行ったかなと周囲を見回してみると、なんとラジェンダではなく、ラミアのエターニャの方に声をかけていた。
あれはもう、気にしなくても破壊者と仲良くやっていきそうである。
「ちょっと一緒に塔の中を見ませんか? この街についての説明をします」
レジーナは一人でふらりと出かけてしまったし、コリンはアルベルトを連れてニルと何か話しているようだ。コボルトの人懐っこさにやられている女性もいるし、クエンティンも忙しそうだ。
とりあえずハルカは、モンタナとイーストン、それにヨンとジーグムンドを連れて塔へと向かうことにした。
扉をくぐり、一階にある倉庫の扉を開ける。
そこにはしっかりとしまわれた魔素砲が山と積んであった。
「これが魔素砲です。コボルト専用に作られた武器で、ヨンさんが持っているものも、ここから持ち出されたものだと思います。随分と昔に、この街を離れて旅に出たコボルトたちがいたんです。そのコボルトたちの子孫が、ヨンさんのお父さんが出会ったコボルトたちだったのでしょう。なかなか厳しい生活をしていたようなので、今はこの街に帰ってきてもらいましたが」
「へぇ……、そういう経緯で遺跡に住み込んでたのか。ってことは、あの遺跡も、その当時の街だったとか?」
「どうでしょうか? それよりももっと昔の遺跡かもしれませんが、中を見てみないと何とも……。私たちは素人なので見ても時代までは分かりません。そういった意味でも、遺跡に詳しいヨンさんたちが仲間に加わってくれるのは助かるんです」
「なるほどなぁ……。……で、魔素砲は当時の技術ってことか? それにしてはコボルトだけ使えるってのも変な話だけどな」
「それには理由があります。階段を登りながら話しましょう」
倉庫を出たハルカは、壁際にぐるりと取り付けられた、コボルト用に作られた段差の低い階段をゆっくりと上がっていく。
「この街は少なくとも、神人時代から街として存在していました。しかし、当時の戦争で一度は廃墟となっています。ここだけではなく、今〈混沌領〉と呼ばれている辺りは、神人戦争中に随分と荒らされたようです。……人族よりも身体能力や生存能力の高い破壊者たちだけが、その頃の戦いを生き延びたのではないかと私は考えています」
ヨンやモンタナは一段ずつ。他の三人は一段飛ばしで階段を上っていく。
螺旋階段の壁側には無数に扉があって、その奥にはコボルト用の部屋が用意されてある。魔素大砲も設置されているのだが、幸いなことに現状使われたことはないようだ。
最近でも見張りだったり、普通の部屋だったりとして使っているコボルトはいるはずだが、今は静かなものだ。皆ハルカたちが来たことで外へ出て行ってプラプラと歩き回っているからだろう。
「そんな中、ある人が、コボルトたちを引き連れてはるばるこの街まで避難してきました。その人は研究者であり、戦争が始まる前から、人とはあまり馴染めずに生きていたようです。廃墟となったこの街を、コボルトたちと立て直し〈ノーマーシー〉と名付けたのがその人です。その魔素砲を作り出したのもその人物です。名をジョー=ノーマ。彼の日記が上の部屋にあるので、良かったら後で読んでみてください。きっと、千年前に何があったのかを探る手掛かりになるはずです」
「……この塔自体が、遺跡ってことか」
「まぁ、そう考えてもらっていいと思います」
古い建物であるが、未だに壊れることなくしっかりとしているのは、設計した『博士』が綿密に計算し尽くした上、コボルトたちがそれを忠実に守って作り上げたからだろう。
そう考えればこの塔は、彼らのきずなの証でもあった。
「そんなコボルトの街、〈ノーマーシー〉を、数十年前に【神龍国朧】からやってきたヘイムという吸血鬼とその仲間たちが占領します。ヘイムは南方大陸にある【グロッサ帝国】、【エトニア王国】も侵略し、秘密裏に支配し続けました。それが表ざたになったのはつい最近で、南方大陸の冒険者たちを脅迫して協力させ、ヘイムはこの〈ノーマーシー〉まで撤退してきます。私たちが〈混沌領〉へやってきたきっかけは、そのヘイムを退治するためでした」
「吸血鬼か……。破壊者の中でも吸血鬼は別、ってことか?」
「いえ」
誤解を生んでしまったようなのでハルカはすぐにそれを否定する。
それから、少し考えてさらに説明を続けた。
「人の中にも山賊をする者もいれば、穏やかに街で暮らす者もいます。その程度の違いと考えてもらうのが適切じゃないかと私は思います」
「……もしかして、吸血鬼も仲間にいるのか?」
「はい、います」
「あー……、なるほどな」
ヨンが自分を納得させるように説明をかみ砕いていると、イーストンが僅かに振り返って口を開く。
「僕は半分吸血鬼だね。父が吸血鬼で、母が人」
「へー……、とはならねぇだろ。急に言うなよそんなこと!」
「なんか納得してくれそうだったからね。僕の両親はすごく仲が良かったよ」
「あー……そうなのか。っていうか、吸血鬼と人の間って子供生まれるんだな」
「まぁ、珍しいことらしいけどね」
「はぁ……、次々色んなこと聞かされて、段々麻痺してきたぞ……」
ヨンはゆらゆらと揺れるイーストンの長い後ろ髪を眺めながら、ため息混じりにぼやくのであった。





