群がるコボルト
ナギがいつものように街の奥にある塔の前に降りると、近くにいたらしいコボルトたちがわらわらと集まってきていた。
ハルカたちが降りていくと「王様だー」とあちこちから声が聞こえて、しばらくすると立派な体躯をしたリザードマン、ニルが姿を現して道が開く。尻尾にはコボルトが三人ほど乗っかっているのでその歩みはゆっくりだ。
「はい、皆さんちょっと通してくださいね」
「うん」
「いいよー」
「王様早かったね、おうち作る?」
一応道は空けてくれるが、コボルトはそれぞれ勝手にしゃべり続ける。
楽しげだがそれなりにやかましい空間だ。
ヨンはそれを上から眺めながら「なんだぁ、こりゃ」と呟いた。
ちなみにジーグムンドの目は、自分よりも大きな破壊者、ニルにくぎ付けである。
「はい、皆さんこっちに来てくださいね。王様は忙しいのでまたあとでお話ししましょう。ほら、こっちですよ」
柔らかな声と手を叩く音がすると、コボルトたちは耳を一斉に動かしてそちらを見る。そこには楽しそうに笑ってコボルトたちを集めて離れていくラジェンダの姿があった。
少しばかり肌も日に焼けており、随分と健康そうな笑い方をするようになった。
ラミアのエターニャも反対方向で、「はぁい、陛下の邪魔したらいけませんよぉ」と言いながらコボルトたちを集めてくれている。
コボルトたちがわらわらと離れていくと、道が開け、奥からウルメアも歩いてきた。相変わらず不機嫌そうな表情をしているが、絶世の美女であることには変わりない。
「陛下よ、早いお越しだったな」
尻尾にコボルトをへばりつけたまま、ニルが手を上げて挨拶をした。
エターニャやニルから自然と出てくる「陛下」という言葉に、ヨンたちは本当にハルカがこの街の王であることを実感する。
「はい、実は新しい仲間が増えまして、紹介がてらやってきました。今のところ変わりはないですか?」
「うむ、異常なしだ。ラジェンダが来てからはウルメアにも余裕ができたはずなんだが……、こやつ、休めと言ってもいつもコボルトの様子を見ている。どうやら相当コボルトのことが好きらしい」
「妙な言い方をするな。変なことをしないか見張っているだけだ」
ウルメアの反論に、ニルはわははと笑ったが、ハルカは少しだけ心配になった。
完全にワーカーホリックの理論である。とはいえ夜はちゃんと休んでいるのだろうから、本人がいいならばそれでいいのだが。
「皆さんも降りてきてください」
ぞろぞろとハルカの作った障壁の階段を降りてくる面々。
ヨンたちがあちこちを見回しつつ地面に降り立つと、未だ周りに残っていたコボルト数人が、はじめましての顔をじっと見つめていた。
「な、なんだよ……」
「小さいね?」
「……お前の方が小さいだろ」
「うん、王様の友達?」
「ああ、まぁ、そんな感じだ」
「そっかー、王様の友達かー」
「この大きな人も?」
「そうだ」
「登ってもいい?」
「大きいねぇ」
「小さいねぇ」
「ねぇねぇ、それ、何」
「これね、あげる」
最初は大人しくしていた他のコボルトたちも、どうやら安全だとわかったとたん一斉にヨンたちに群がり始めた。友好の証なのか、その辺で拾った棒を差し出している者なんかもいるが、おおむね平和そうな会話である。
もみくちゃにされないように、ナギの上で待機しているのはモンタナだけで、それ以外の面々はコボルトたちに引っ付かれながらもハルカたちの話している所までやってくる。
ヨンはすっかりコボルトに埋もれてしまっていたが、まぁ、怒っていないので構わないだろう。
「彼らは遺跡探索を得意としているようです。折角ですからこの塔も見てもらおうかなって思っています。私たちの状況は伝えてあって、それを信じてもらうために連れてきたような感じです。特に皆さん相手にも偏見はないようなので問題はないかと」
「意外と分かり合える者もいるもんだな」
「うーん……、特に昔のことを知っている人たちなので、破壊者が悪、という印象が元から薄いようです。そんな考えが人族の中に浸透したのは、昔の戦争以来ですから」
「まだまだ先は長い、と言ったところか?」
「そうですねぇ……。余計な争いにならないように頑張りますが」
ハルカたちがそんなことを話していると、急にヨンが「あー!」と大きな声を上げた。コボルトたちが驚いて一瞬動きが止まる。
「それ、それ見せてくれ!」
「いいよ、いっぱいあるから!」
「持ってる!」
「こっちにもある!」
一人が誇らしげにそれを掲げると、あちこちから手が上がる。
その手に握られているのは、ヨンも懐にしまっている魔素砲であった。
慌てて取り出してコボルトたちが持っているものと見比べたヨンだったが、そこに一斉にコボルトたちが殺到する。
「それ使えるの?」
「仲間?」
「一緒?」
「これねー、皆使えないんだ」
「使えるならコボルトだ」
「毛が少ないコボルトだ」
「ちょっと大きい」
「だー、ちょっと離れろ、離れろって、ちゃんと見たいんだよ魔素砲が!」
「いいよー」
「いたた、見えねぇって、そんな近くにやられても見えないの! ちょっと離れろってば!」
善意でヨンの体や顔に魔素砲が押し付けられて、とても観察できるような状態ではない。
「ウルメア、変なことになっているが、あれは良いのか?」
ニルに言われたウルメアはちらりとそれを見たが、ふんと鼻を鳴らしただけで何ともしてやろうとしなかった。別に今は仕事の時間ではないし、本人に迷惑が掛かっているわけではないから好きにすればいい、くらいに思っていた。





