働き者のコボルトたち
ヨンはしばらくジーグムンドを叩きながら、他の面々も腕を組んだり体を傾けたりしながら、流し込まれた情報を咀嚼する。
「あー……、破壊者って結構喋れるのか?」
「はい。少なくとも私と交流のある方々は、普通に喋れますし約束も守ってくれます。今の段階では人と大差ないような気がしていますね……。価値観の違いがあったりはするのですが、それだって話し合って解決できる部分は多いです」
「そっか、そんな感じか……。ちょっと話し合う時間くれ」
「構いませんよ」
「よし、ちょっと集まれ、ほら」
ヨンは元々の仲間たちを集めると、それぞれから意見を聞き出しているようだった。対外的には威厳のあるジーグムンドをリーダーとして動いているチームであったが、やはり中心人物はヨンであったのだろう。
彼らは声を荒らげたりすることもなく、しばらく話し合いを続けていたが、やがて段々と声が大きくなってくる。
「だからさ、やっぱり昔は人と破壊者って一緒に住んでたんだって」
「いやいや、だとしたらもうちょっと資料残ってるでしょ。一緒に住んでたってより、それほど争ってはいなかったって感じじゃないのか?」
「違うって。コボルトに関しては一緒に暮らしてたって記述もよく見かけるぞ。大きさとか住んでいる環境によって違ったってだけで、それも種族によったんじゃないかな?」
「……地域によって違った説を推すかも。今まで調べていた地域にそういった資料が少なかったのは、その国の方針だった……とか……」
話し合いだったはずの集まりは、いつの間にか過去の時代の人々の暮らしについての話に変わっていってしまったようだ。
しばし黙って様子を見守っていたハルカだったが、流石に話し合いがどんどん明後日の方へと進み始めてしまったので声をかける。
「あの、大丈夫ですか……?」
「……すまん」
反応したのはジーグムンドと数人だった。
議論しているおよそ半数は白熱して戻ってこない。
「ヨン」
「よーし、俺が正しいってことを証明してやるからな! この辺の遺跡をざっと漁れば新しい情報がいろいろ出てくるはずだ。あっちの遺跡じゃたまに教会の息がかかった奴らがそういうのかくして発表しなかったりするからな、ここなら誰もまだ探してないだろうからぁああなんだよ!」
「いい加減にしろ」
ベルトを掴んでぶら下げられたことで、ヨンは一瞬ジーグムンドに文句を言ったが、そのままハルカの目の前に顔を持っていかれて、変な顔をして黙り込む。
流石に少し気まずかったらしく、スーッと目が逸らされた。
「……あ、俺たちこっちの調査したいんだけど、とりあえずまず、その仲の良い破壊者たちと会わせてもらっていいか?」
「あ、その話はちゃんとついてたんですね」
「あ、うん、ごめん。その話はすぐ済んだ」
仲間の意見をまとめようとしただけなのだろう。
話しているうちに遺跡や過去の事実に関する推測について議論になってしまったようだ。
「結局さ、俺たちは知らないことを知りたいだけなんだよ。ハルカの言う通り、破壊者がそんな奴らだっていうなら、俺たちは今まで嘘を信じてたことになる。この目で見ればわかることだ。だから、会わせてくれよ」
「はい……、わかりました」
ぶら下げられたままで真面目なトーンで話されても滑稽で、ハルカは表情を緩めながら返事をするのであった。
翌朝、ハルカは妙な声が聞こえてきて目を覚ます。
「ちょっと見てこようぜ、ハルカが起きるまで!」
「俺は狭くて入れん」
声の方を見れば、昨日と同じくヨンがジーグムンドを誘って、コボルトの古巣へ入りこもうとしているようだ。
「おはようございます」
「あ、起きたか」
ハルカが声をかけると、ヨンは残念そうな声を上げる。
「まぁ、調べたいのなら調べてもいいのですが……」
「あ、いやいや、今日は遠出するんだろ。起きるまでちょっと覗こうとしただけだから。待たせるの悪いし」
協力する気はあるようで、ヨンはすぐに諦めてコボルトの巣穴から離れた。
ヨンからすれば父親がしばらくの間過ごしたかもしれない場所だ。その軌跡を追いかけるという意味でも、気が急いているのだろう。
急ぎ食事を済ませて出発する。
まずは穏やかに街として機能している〈ノーマーシー〉へ案内したいので、巨人たちの住処はスルーして、まっすぐに東へと飛んでいく。
巨人たちはそれなりに荒々しい性格をしているので後回しだ。
納得してくれたとはいえ、できることなら破壊者たちとのファーストコンタクトは、印象良くスタートしたい。
山の切れ目で一泊。
それからさらにずっと東へと進み、ノーマーシーの街が見えてきたのは夕暮れ時だった。
まずは遠くに塔が見えて、それからヨンたちが想像していたよりもずっと広い街と、広大な畑が見えてくる。
麦はすでに収穫され、種まきが開始されている時期だ。
ぽてぽてと集団で街へと帰っていくコボルトたちは、ゆっくりとナギが上空を通り過ぎると、いつも通りぽかんと口を開けながら空を見上げた。
普通空を飛ぶような巨大な生き物が現れればまずは逃げたほうが良いのだが、彼らはきちんとナギを仲間と認識している。何か喋っているものはおそらく「王様だ」とでも言っているのだろう。
「街って、こんなにでかいのか」
「コボルトだけで数千人いるので」
「ちゃんとした畑だな」
「みんな働き者なんです」
ヨンもジーグムンドも、想像していたよりも立派な光景に、ありきたりな言葉しか吐けなかった。家を作っているのも、畑を耕しているのも、こちらをぽかんと見上げているコボルトたちだ。
ハルカは二人の称賛が誇らしく、笑いながら働き者のコボルトたちのことを自慢するのであった。





