忘れ人の墓場の記憶
森を出た所の小屋には、ガタイが良くて強そうな男タゴスと、それよりも大きくてよく怖がられるナギ、そして切り株にちょこんと座ったユーリとその叔母であるシャディヤ、さらに妙に背筋の伸びたサキが待っていた。
「おかえりなさい」
ユーリが駆け寄っていくと、シャディヤとサキも立ち上がってその後についていく。薪をぱっかんぱっかんと割っていたタゴスも、手を止めてその再会を眺めている。
「ただいま、ユーリ。元気そうですね。シャディヤさんも、サキも。……ナギが帰りを教えてくれたんですか?」
「うん」
「そうですか、お迎えありがとうございます。ちょっと人が増えているんですが、夕食の準備とか大丈夫そうでしょうか……?」
拠点での食事は大体シャディヤとナディムが中心となってやってくれている。
材料はともかく、急な帰りだったので足りないようだったら適当にたき火料理をするという手もあった。
「はい、もちろん。最近はサキさんも手伝ってくれるので随分楽なんですよ」
「そうですか……、上手く馴染めているようで何よりです。……ええと、とりあえず拠点に案内します。色々と荷物もあるでしょうから、その辺りの保管方法とかも話しておきましょう。タゴスさん! 後で新しい人たちの紹介もしたいので、今日の食事は一緒にお願いします」
「おう、分かった」
歩き出した後に、ジーグムンドたちがぞろぞろとついていく。
ほとんど全員が、空を好き勝手飛んだり、歩き回ったりしている中型飛竜たちに目を奪われていたが、ヨンだけは違った。
あちこちの地面に忙しなく目をやっている。
「……掘ったらだめです」
「お、ほ、掘らねぇって、勝手には」
「ならいいです」
唐突にモンタナに声をかけられたヨンはびくりと肩を跳ねさせた。
流石に約束であったので、本当に勝手に掘る気はなかったが気になっていたのは事実だった。釘を刺しておいて正解だろう。
夜になって賑やかに食事をしながら、ハルカは〈アシュドゥル〉であったことを伝え、ヨンたちの紹介をする。一通り互いの名前や普段の仕事を伝え合った頃には食事も終わり、夜も随分更けてしまっていた。
「そろそろいったん切り上げかな」
ユーリが舟をこぎ始めたことに気が付いたイーストンが、ハルカに小声で告げる。
話を締めるのは宿主であるハルカの役割だ。
「今日はこの辺りにしておきましょう。ヨンさんたちもお疲れでしょうし、数日休んでから、北の港を見せて、それからまた少し東の方へ遠出をしてきます。何かそれぞれ変わったことや気になることがあれば、出発前に教えてください。私も数日はのんびり過ごしているので」
ハルカの言葉を聞いて、それぞれが三々五々に散ってゆく。
みんなそれぞれ日中には畑仕事だったり、鍛冶だったりをしており、朝日と共に活動し始めるものが多い。それゆえに、寝る時間は割と早いのだ。
その日は皆、それぞれ自分の家や部屋へ帰り、ぐっすりと休んだ。
翌朝からの数日間も、ハルカはのんびりと過ごした。
今回精神的に少しばかり疲れたこともあって、余計にいつもとあまり変わらぬ生活が、穏やかで心安らぐ。
ユーリの訓練の成果を見たり、作物の成長具合を確かめたり、ジーグムンドと仲間たちの訓練を見守ったり、カーミラに張り付かれながら夕暮れの散歩をしたり。それに今はカオルもいないので、のんびりと心行くまで露天風呂に浸かって時間を過ごしたりもした。
カオルがいると、待たせているような気がしてどうしても少しだけ急いでしまうのだ。
広いので一緒に入ればいいだけの話なのだが、ハルカは未だに女性の肌を見るのはちょっと抵抗が残っている。この体になってからもう何年も経っているのだが、その辺りの倫理観は変わらない。
その数日の間拠点の敷地内を歩き回ったらしいヨンは、ちゃんと穴を掘ることもなくプラプラと探索だけしていたようだった。
途中で中型飛竜たちにつつかれたり、草食動物の群れを率いている鉄羊のヘカトルに威嚇されたりしたようだったが、徐々に馴染んでいることには違いない。
夕暮れ時、ハルカが風呂上りに散歩をしていると、川辺に小さな影を一つ見つけた。
ヨンが座り込んでまだ何もない広い土地をじっと眺めていたのだ。
「どうしました?」
魔法を使ってぬるい風を髪にあてながら、ハルカは少し離れた場所から声をかける。
「ここって元からこんなに開けてたのか?」
「ええ、そうですね」
「こんな場所にあるのに森に飲み込まれなかった理由って何だろうな、って考えてたんだよ」
「あー……、なるほど」
ハルカは少し考えてから、その場に立ったまま説明をする。
「ヨンさんはここに昔街があったはずだと言ってましたね」
「ああ。ここだけじゃなくて、本当はもっといろんなとこにあったんだろうけど、ここには特に有名な大きな街があったはずだ」
「それ、多分合ってます。その街に住んでいた人たちの遺体が、アンデッドとしてずっとこの辺りを彷徨っていたんです」
「……なるほどな……。どんくらいの数いたんだ?」
「そうですね、数千から万、ですね」
「はぁ!?」
ヨンが思わず手をついて振り返ってハルカの顔を仰ぐ。
「そんな数のアンデッドがずっとここにいたのか!? 千年も!?」
「はい、おそらく。中には破壊者のアンデッドも混ざっていました」
「……俺もさ、アンデッドを退治したって話は聞いた。すっげえ数って聞いてたけど、それでも精々数百とかだと思ってた。その数、マジのマジ?」
世界中を見渡した時、人口が十万に到達している街は少ない。
そんな規模の都市でも、冒険者をしている者が、下級も含めて多くとも精々数千人。
さらにその中でタイマンで安定してアンデッドを倒せる者が数百人。
一万のアンデッドと正面からぶつかって戦うなんて愚策でしかない。
「はい、本当です。退治するのに数日はかかりました」
「……それって、何人くらいで」
「アルたちと、それからシャフトさんって槍使いの冒険者ですから……、六人ですね」
「ばっかじゃねぇの……。他の冒険者は反対しただろ」
馬鹿と言いつつも、その言葉には驚きと称賛が込められていた。
少なくともヨンであったら間違いなく街を捨てて逃げる判断をしている。
「ええ、まぁ」
「そりゃあ特級で、そりゃああんだけ街で歓迎されるわけだし金も持ってるわけだ。無茶苦茶だぞ、お前ら」
「他に方法が思いつかなかったので」
「それで実行できるのがスゲーんだよ。あーあ、なんかとんでもない宿に入ったもんだ。なんか他にもまだまだ驚くことあるんだろ?」
「あ、はい。それは楽しみにしててください」
やっぱり入らなきゃよかった、と言われそうな雰囲気から一転、期待されているような尋ね方をされて、ハルカは大いに頷いた。
「ははっ、なーんかずれてんだよなぁ、お前って。こうなりゃもうなんだって来い、って感じだな」
ヨンは仰向けに寝転がると楽しそうに笑うのだった。