宝の石
「そういえば昨日の夜、ハルカ帰ってくるの遅かったわよね」
「ああ、外でイースさんに会ったんですよ。……偶然ですからね?」
「ふぅん」
先手を取って釈明したのに、コリンはニマニマと笑っている。よっぽどハルカの恋愛事情をからかいたいらしい。
アルベルトがパンをスープで流し込んで飲み込み、ハルカに話しかける。
「イースって、大会で不戦勝してたやつだろ。知ってるのか?」
「何度か会って話をしたんです」
「そんなに何度も偶然が続くかなぁ? 昨日はあんなに長いこと何を話してたのー?」
茶々を入れるコリンは楽しそうだ。じゃれ合うのが好きなのだ。
アルベルトより反応も新鮮だから面白いのかもしれない。
「吸血鬼退治をしていたんです。逃げられてしまいましたけどね」
「へぇ、吸血鬼退治……きゅうううけつきぃい?!」
大きな声と共にテーブルと叩いて立ち上がったのはコリンだ。
驚いてパンケーキをフォークから取り落としそうになったモンタナが、慌てて顔を出してそれを口でキャッチした。口の中が一杯になって、頬を膨らませながらちらりとハルカの方を見ている。
「へぇ、強かったか?」
「そんなことより、ちゃんとギルドに報告したの?」
「してない、です」
ワクワクした様子のアルベルトの質問に答える前に、身を乗り出したままのコリンがハルカに詰め寄った。たじたじになりながら返事をしたハルカに、コリンは難しい顔をして腰を下ろす。
「吸血鬼なんて一級冒険者の案件だと思うわ」
「でもハルカが無事ってことは追い払ったんだろ?」
「それでも報告ぐらいしておいた方がいいわ。昨日の事件の犯人が本当に吸血鬼ってわかったんだから。冗談だと思ってたわ」
「なんだ? 昨日なんかあったのか?」
「殺人よ。噂で犯人が吸血鬼なんじゃないかって、イースさんが言ってたの。それで、肝心のイースさんはどこにいるのよ?」
「えーっと……。もう街から出たかと……。おそらく吸血鬼はもうこの街からは逃げたはずだと言ってました。それからもしまだ残っていて、見かけることがあったら追い払ってくれと依頼されまして……」
「ハルカー? 勝手に依頼受けたのぉ?」
コリンの顔が少し怖い。
吸血鬼の危険度はハルカが思っているより高かったようだ。一般常識としての破壊者の危険度をハルカはよくわかっていない。どういう生態のものがいて、どんな習性を持っているかを一通り調べたくらいだ。
「あ、すみません。それで依頼料に、こんなものを貰いました。危なかったら逃げてもいいとは言われてます。だから別に探して倒したりしなければいけないわけではないので……」
ハルカが差し出した宝石を受け取って、じーっと見た後、コリンはそれをモンタナに渡す。モンタナは袖から綺麗な布を取り出してそれを受け取って、朝の陽の光にそれをかざした。
「それ価値はありそう?」
「……偽物でなければですけど」
そーっと慎重にテーブルの上に布ごと宝石を置くと、今度は姿勢を低くして真横から宝石を覗き込む。
「どれくらいしそう?」
「わからないです。売る場所によって変わるですけど、金貨百枚はくだらないと思うです。ヴァンパイアルビーですね」
「ハルカ……」
「はい、すみません!」
目を細くして見つめてくるコリンにハルカは反射的に謝る。コリンは手を伸ばしてハルカの肩に手を置いた。
「偉い、ナイスジョブ」
「はい、ごめんなさい……、はい?」
「いい依頼を受けたわ。別に何もしなくても返さなくてもいいんでしょ?」
「え、はい、そう言ってました」
「ならよし! ご飯食べたら報告に行こ」
怒られなくて済んだものの、ハルカはコリンのことが心配になった。そのうち大富豪の悪いおじさんとかに騙されそうだ。そうならないように見守ってやらなければならないと思った。
ただ、コリンからすればハルカの方こそ、すぐにころっと人に騙されそうで心配だ。互いに心配しあっている分には安全かもしれない。
「へぇ、なんかよく見ると中で紅いのがぐるぐる動いてるな」
「吸血鬼が死んだときに灰の中から手に入る宝石です。正確には魔素が結晶化したものですね。魔法が上手く使えない者でも、これを媒体にすると上手く魔法が使えたりするので、杖に使われたりするです」
「へぇ! 投げたら爆発したりすんのかな?」
男の子二人はお金の話にはあまり興味を示していない。片や趣味の話を語り、片や武器に使えるんじゃないかとワクワク顔だ。
無造作にヴァンパイアルビーに伸ばされたアルベルトの手をコリンがはたき落とした。
「なんだよ」
「絶対投げないでよ」
「投げねぇよ、ちょっと叩いてみようと思っただけだよ」
「それもダメにきまってんでしょ!」
コリンに見つかったアルベルトは、つまらなさそうに手を引っ込めた。
「それはモン君が預かってて。宝石の扱いは得意でしょ?」
「いいですよ」
モンタナはヴァンパイアルビーを布で包んで左の袖の中にポイっと放り込んだ。それを見たコリンが、声を上げる。
「モン君?! 大丈夫なの、そんな雑に扱って!」
「……? 大丈夫です。袖の中見るですか? 中にポケットいっぱいあるですから、そこに入れたですよ」
「だ、大丈夫ならいいけど……」
「ヴァンパイアルビーは丈夫ですから、そんな簡単に傷つかないですよ、多分」
「多分?!」
「触ったことないからわかんないですけど、そう聞いてるです。ダメだった時はその時です」
「モン君! お願い、大事に扱って!」
「気を付けてはいるです、慣れてるですから、あ」
「モン君?!」
ふりふりと袖を振って使い慣れていることをアピールするモンタナの袖がテーブルにぶつかり、カツンと音を立てる。コリンの悲鳴を聞きながら、モンタナが左袖から取り出したのは、ひびの入った平たくすべすべした石だ。
「一番すべすべの石にひびはいっちゃったです……」
コリンはほっと息を吐いたが、モンタナは少し悲しそうだった。





