【竜の庭】らしい日常へ
ギルドで登録を済ませていると、奥からラルフがひょっこりと姿を現した。
ラルフは、ハルカがギルドへやってきた場合は、すぐに知らせるように通達をしている。ただ特級冒険者というだけでなく、いざという時には街のために動いてくれるという信頼もあるし、情報の共有はできるだけ頻繁にしておきたい。
忙しかろうが何だろうが、優先順位は一番であった。
「お忙しそうですかね」
「あ、いえ。お疲れ様です、ラルフさん。今回は宿に人が増えることになりました。あとで紹介しますね」
「わかりました。他にはお変わりないですか?」
「あー……、〈アシュドゥル〉の街でちょっと問題がありました。解決してますが、状況が少し変わる可能性もあるので共有しておきます」
〈アシュドゥル〉の街は近くないが、それでも同じ国の大きな街だ。
冒険者ギルドの支部長をしているラルフならば、些細な情報も欲しいはずである。
「ありがとうございます、助かります。どうしたって俺は新人の支部長なので、他の街の情報網ができあがっていなくて。皆から話を聞くしかないんですよね」
「どうしても急ぎで出向く必要がある時は言ってください。送りますから」
「助かります」
ハルカが話していると、ヨンがこそこそとモンタナの耳に口を寄せた。
「誰あいつ」
「ラルフさんです。支部長です」
モンタナはピピっと耳を動かして、少しだけ体を斜めにしてヨンの口から遠ざける。
非常に耳がいいので、そこまで近づかなくても言葉を拾うことくらいできるのだ。
あまり近付かれるとくすぐったい。
「へぇ……、なんかお前らホント、この街の冒険者なんだなぁ」
「そですよ。ラルフさんが支部長になったの、【竜の庭】ができた後です」
「そうなのか。もしかして、お前らが前の支部長引きずり下ろしたとか……!?」
「早く辞めたがってたところで、ラルフさんが生贄に選ばれただけです」
「あ、ふーん、そうだよな。支部長って窮屈そうだもんな」
冒険者ギルド支部長は偉いには偉いのだが、強い冒険者の対応をしたり、街の運営の話し合いに参加したりと、時間に自由がない。
適性のある者は冒険者としての階級が上がらず、階級の高いものは適性がない者が多いので、なかなか後継者探しには苦労するようだ。
ヨンのようなやりたいことがある現役の冒険者からすれば、やっぱり窮屈に見えるものらしい。
全員が手続きをしている間に情報共有を終えたハルカは、続けてジーグムンドたちをラルフに紹介する。ジーグムンドにヨン、それにマッピングの達人であり軟派なクエンティンに加え、それぞれ遺跡探索のスペシャリストの五人を加えた総勢八人の加入である。
「彼らには主に自由に遺跡の探索をしてもらうつもりです」
「なるほど……。なんか、イーサンさんが喜びそうな面々ですね」
ラルフからすれば遺跡と言えばイーサンだ。
あの男もまた本や遺物を集めることが趣味な知識人で、そのためには他のことは割とどうでもいいタイプの厄介な冒険者である。
なぜあんな人物が大人しく〈オランズ〉の支部長に収まっていたのかが不思議である。実際仕事自体は割とやっていたようだけれど。
「前にプレイヌにある遺跡で、彼らの発掘現場に居座ってたことありましたよ」
「あ、あいつか。あいつ言うこと聞かないからなぁ。そういや支部長だとか言うからいれてやったけど、そっか、支部長辞めたんだな! よーし、もう入れてやらない」
ヨンがその姿を思い出したのか、苦い顔をして文句を言った。
同じ学者肌であるのに仲は悪いようだ。
必要な報告を終えたハルカたちは、そのままギルドを出て街の拠点へと向かう。
今日は一泊して、それから明日には森の拠点へ向かう予定だ。
空を飛んでビュンと戻ってもいいのだが、いったんヨンたちに〈黄昏の森〉の様子を教えるために、歩いて帰ることになっている。
あの森は木こりたちが割と自由に道らしきものを作っているので、意外と迷いやすいのだ。途中からはハルカが勝手に切り開いている道しかないので、そこまで到達できれば問題はないのだが。
予定通り街の拠点に一泊。
それから〈黄昏の森〉を二日かけて進んでいく。
もう間もなく到着するだろうというところで、頭上に大きな影が差して、めきぼきと木々をへし折りながらナギが降りてくるというトラブルはあったが、これに関してもハルカたちからすれば日常の一幕だ。
ヨンたちは以前よりもさらに大きくなっているナギの姿を見て驚いていたが、いるのは分かっていたのでそれほど警戒はしていなかった。
「もうすぐ帰るので、おうちで待っていてくださいね」
ハルカが鼻を撫でて言い含めると、ナギは喉をごろごろと雷のように鳴らして、すぐに空へと去っていった。
「……なんか威嚇してなかったか、あいつ」
「え、あれ甘えてるだけだよー」
「甘えてるのか、あれ」
ヨンの質問にコリンが軽い感じで答える。
地面が揺れるような喉を鳴らす音を甘えてると思えるのは、よっぽど慣れているハルカたちくらいだ。
数度会ったくらいでは怒っているのではないかと勘違いするのも仕方がない。
倒れてしまった木々を、ハルカがぽいぽいと道の端に避けていく。
これはこれで魔法使いとは思えぬ動きであるが、ヨンは仲間になった以上現実を受け入れるしかないと、しばしそのお片付けをじっと見つめていたのであった。