トットの近況
「お前らって拠点は基本的に森の中なんだろ? それともあの街の拠点に住んでることが多いの?」
ヨンはだんだんと増えていく食べ物の山を眺めながら尋ねる。
それならばあれだけ街の拠点が立派であることも、一応納得がいくし、これだけ街の人たちに声をかけられる理由もわかる。
「いえ、最近では基本的には森の中にいます。買い出しに来る程度ですね」
「じゃ、なんでこんな歩いてるだけで歓迎されるんだ?」
「お、姐さん! 久しぶりっす!」
その時正面から手を振りながら現れたのは、強面トットであった。
アルベルトよりほんの僅かに背が高いだけだが、身体の厚みとその顔の怖さは中々に迫力がある。
「と、なんかやたらでかいのと一緒にいるっすね……」
少し離れた所で立ち止まったのは、自分よりも背が高く分厚いジーグムンドを警戒したからだろう。ハルカと一緒にいるのだから敵じゃないとわかっていても、これだけ体が大きいとどうしたって気圧されてしまうものだ。
それにトットは以前、ハルカたちと一緒にいたレジーナにボコボコにやられた記憶がある。
「ええ、遺跡調査を主にしている冒険者の方々です。宿に加わっていただくことになりまして、今、ギルドの方に案内しています」
「あ、そうなんすか。あー……、トットだ、よろしくな」
「ジーグムンド」
段々と性格が丸く大人びてきているトットが素直に手を差し出すと、ジーグムンドが名乗ってその手を握った。
「強そうじゃねぇか」
「お前もな」
「なんかお前らだけで分かり合うなよ。俺はヨンだ。よろしく」
「おう……、小人族か。ここらじゃ珍しいな」
「お、お前見る目あるな」
「まぁ、子供にしちゃあしっかりしてそうな顔してたからな。よろしく頼むぜ」
意外なことにヨンが小人族であると一目で見抜いたトット。
ヨンも子ども扱いされなかったことで機嫌がいい。
こちらもシェイクハンドでとりあえず最初の挨拶を済ませた。
「お前も宿の仲間なのか?」
「まぁな、今のところ街で一人で活動してることが多い。街でなんか困ったら俺に聞けよ」
「へー、んじゃさっきのこと聞くか。なんでハルカたちってこんな街の人から声かけられんだよ」
「そりゃあお前……、姐さんたちが活躍してなきゃ、この街はアンデッドに飲まれてたって話だぞ。それに地元だしよ。地元で普通に下級冒険者として働いてた冒険者が、宿持って特級冒険者にまでなったら、そりゃあ皆誇らしいだろうが」
「へぇ……、そういうもんなのか?」
結構あちこちの遺跡をまわり、街ではあまり活動していないヨンには今一つ理解できないようだ。
「そうなんだよ! それにな、姐さんは人柄も……」
「トット、その辺で。恥ずかしいので。……〈オランズ〉はアルとコリンの出身地でもありますし、私も冒険者になってからずっと世話になってますから。拠点は森の中にありますが、【竜の庭】は〈オランズ〉の冒険者宿という認識でいますし」
「へぇ……、変な所に拠点があるからてっきりその辺りも事情があるのかと思ってた」
鋭いと言えば鋭い突込みだ。
「あー……、それには一応理由があります。うちにはナギがいるでしょう? あの子が自由に獲物を狩ることができて、悠々と暮らせるとなると街ではちょっと手狭なんです。今でこそ皆受け入れてくれていますが、やっぱり最初は怖かったようですし」
「あー、なるほどな、納得した。なんか〈アシュドゥル〉と比べると雰囲気良いよなぁ、この街」
ヨンが気分良さげに歩いているところに、話したくてうずうずとしていたトットが再び口を開く。
「この街も元々はもうちょっと治安悪かったんだぜ。俺もまぁ、荒れてた時期もあったし、二つのでかい宿が、微妙にいがみ合ってたりしたしな。裏街の方の奴らが無茶なことはしなくなったのも姐さんが……」
「あー、トット、しばらくエリとチームを組むとか?」
「あ、そうなんすよね。その話をするために来たんすよ。聞いてたんすね」
トットはどうしても自慢話がしたかったらしいが、ハルカはうまいこと話題を切り替えた。
「はい。前衛二人に魔法使いが一人。バランスが良さそうですね」
「そうっすね。ま、あいつらも【竜の庭】に移籍するらしいし、ちょうど良いかなって。俺もそろそろもうちょっと難易度高い依頼が受けたかったんすよ。護衛とかになると、一人だときついんで丁度よかったっす」
「奥さんは心配しませんか?」
一応美女二人との旅になるわけだが、その辺り大丈夫かなと思い尋ねる。
必要とあらば、一応宿主としてフォローをする所存だ。
「あ、大丈夫っす。俺、あいつら女として見てないんで」
「……トットさんさぁ、それ本人の前で絶対に言ったらだめだからねー」
そういう気が一切なく、一実力のある冒険者として扱っている、という意味なのだろうが、あまりにデリカシーのない発言だった。思わずコリンが注意をすると、トットががりがりと頭をかく。
「それ以外にどう言えってんだよ」
「えー……、まぁ、それはそれで、奥さん的には確かに安心しそうだけど……」
もっと下品な言い方ならいくらでも思いつくトットであるが、ハルカの前でそういった言葉遣いはしたくない。というか、そんなくだらない人生は、ハルカにボコボコにされて以来卒業したのだ。
これでもトットなりに気を使った発言である。
「まあ、仲が良いならいいですけど」
そんな話をしているうちに、冒険者ギルドに到着。
そこで突然トットが「あっ」と声を上げる。
「どうしたんですか?」
「あ、いや、俺買い物頼まれてたんすよ。やべぇ、怒ってるかもしれねぇ……、すんません! それじゃあまた!」
買い物に向かう途中で、先に街へ戻っていたエリたちから、ハルカが帰ってくるらしいことをちらりと聞いて慌ててやってきたトットである。
ちょっと話をするだけのつもりが、随分と長話をしてしまったことに今更気付いたらしい。家庭内でのヒエラルキーは、惚れたほうであるトットの方が下になる。家に着いたら「遅い、何してたの!」と怒られることだろう。
「……なんか、幸せそうですね」
「そうか?」
ハルカがぽつりとつぶやくと、アルベルトが首をひねった。
どうやらアルベルトにはまだ、普通に家庭を持つ幸せというものが今一つぴんと来ないようであった。