ヨンの初〈オランズ〉の街
帰路は平和なものだった。
護衛の依頼を受けているわけでもなし、この大所帯を襲ってくるものなどそうそういない。特にジーグムンドの威容は、仮に狙ってくるものがいたとしても怯むほどのものだ。
いるだけで厄除けになるタイプである。
途中の野営中に、一度だけハルカたちの事情について聞かれたことがあったが、到着して宿に入ってからと答える。とにかく話すべきことが多いことを伝えると、ヨンも首をかしげながらも渋々納得したようだった。
数日の旅の間にジーグムンドとアルベルトたちは何度か手合わせをしていたが、どうやら現状では流石にアルベルトたちの方が強いようだ。
しかし手合わせを繰り返すうちに、少しずつ腕を上げていくのは、ジーグムンドの戦闘センスのようなものをまざまざと見せつけられるようであった。師もおらず、ともに切磋琢磨するものもいない状態で、武闘祭を優勝した男である。
その戦いのセンスは人並外れたものがある。
最初は拍子抜けしていたアルベルトたちも、楽しくなったのか、何度も何度も手合わせをするようになっていた。あっという間に【竜の庭】の訓練に慣れたのも流石だ。
ヨンなんかは「ハルカ! 死ぬ、ジーグが死ぬって!」と騒いでいたが、ジーグムンド自身は訓練が終わった後もけろっとした顔をして、「強くなるわけだ」とぼやいただけだった。
やはり特別強い冒険者というのは、どこかねじがはずれているものなのだろう。
〈オランズ〉の街が見えてくると、門番をしている冒険者から声をかけられる。
「今日はナギちゃんと一緒じゃないんですね」
「ええ、〈アシュドゥル〉へ出かけてまして。街は変わりないですか?」
「ないですねぇ。あ、昨日サラちゃんたちが帰ってきました」
「そうですか、ありがとうございます」
無事に帰りついたことにほっとしながら、話を切り上げて街の中へ入る。
「にしても街にも拠点があるんだろー。金持ってるよなぁ……。地上の冒険者ってそんなに儲かるのか?」
「内容にもよるねー。うちはなんていうか……、大き目な依頼を受けることが多かったから」
「大き目って?」
「その辺も後で話すことになるんじゃない?」
「へー」
入り口の広場を、コリンと話しながらきょろきょろとしているヨンは、多くの人からは子供のように見えるだろう。しっかりと話してみた限り、おそらくきちんと情報収集をしているのだろうが、警戒をされないという点で小人は得である。
強面の冒険者がこれをしていたら、何か企んでいるのではないかと思われるところだ。
「あ、ここです」
「は? どれ?」
「あの、ですから、この建物です」
部屋が十以上はある立派な建物に、無駄に広い庭。
通りに面した街に入ってすぐの一等地にそれは建っていた。
「お話しした通り、ここはサラのご両親であるコート夫妻に管理をお任せしています。私たちが街へ来た時や、客人用にも使いますが、部屋は空いていることが多いですね。オレークさんたちも、特に問題がなければこちらに住んでいただいても大丈夫ですよ」
「い、いえ! あの、生活が落ち着いたらちゃんと自分たちの家を借りますので!」
「その方が良ければ無理にとは言いませんが、遠慮はなさらないでください」
「ありがとうございます……」
オレークはとてもじゃないがこんな豪邸に暮らす度胸がない。
性格的にはもっとこじんまりとした、家族みんなに目が届くような家がちょうどいいのだ。
「あれ? これ、なんか、すげぇ惨めになってきた。今までの俺たちの拠点ってなんだったんだ……?」
「注目されないためにわざとぼろい所に住んでたんだろ」
「そういう名目だけど金がなかったんだよ! わかるだろ!?」
アルベルトが聞いた通りのことを繰り返すと、ヨンが反射的に言い返す。
「へぇ、俺あの倉庫みたいな拠点、面白くて嫌いじゃなかったけどな」
「そうかよ、そりゃどーも。……しっかし、本当に規模の違いみたいなのを思い知らされる。今日はここに泊るのか?」
「そうですね。オレークさんたちの事情をコート夫妻に説明したいですし、冒険者ギルドに皆さんの宿加入手続きもしたいですから」
「あー、そうだったな。いや、ホント、ため息が出るな……」
一先ず話を終えて街の拠点へ入ると、いつも通りコート夫妻が迎えてくれる。
旅から帰ってきたところでサラもおり、ある程度事情は説明してくれていたようだ。しっかりと部屋の準備などが整っていた。
ハルカたちには適当な態度のヨンだったが、コート一家の穏やかな迎え入れに恐縮してしまったのか、なんだか妙におとなしくなって「あ、お世話になります」とか言って頭を下げているのはハルカたちにとって意外だった。
追加で軽く事情を説明して、そのままみんなで連れ立って冒険者ギルドへ。
街でハルカたちが声をかけられるのを見ながら、ヨンはまた歩いているだけでどうしてこんなに歓迎されるのかと首をかしげるのであった。