〈アシュドゥル〉出発準備
翌日はすっかり雨がやんでいた。
一足先にエリやサラたちが護衛でオランズの街へ帰るらしく、朝一番でその一行を見送った。往路ではサラたちもしっかりと護衛の任務をこなしていたように見えたし、エリやカオルがいて滅多なこともないだろう。
ハルカも過保護にならないようにと、「気を付けてくださいね」とだけ声をかけておく。
朝食をゆっくりと食べてから、引っ越しの準備のため、オレーク一家含めてみんなで街へと繰り出した。
街から街への引越しをするとなると、普通は大きなものなどは諦めることになるのだが、ハルカがいれば運搬はそれほど難しくない。重量、大きさを気にせずに、どんどん障壁で作った箱の中に入れていけば、あっという間に家の中は空っぽになってしまった。
重量のある物を平気で運ぶハルカたちが面白いのか、オレークの娘であるパレットは「ほぉー……」と言って、目を輝かせながら口をあけっぱなしにしていた。随分と酷いことに巻き込まれた割に、他人を見ても怖がらず、あまりトラウマにもなっていなさそうなのが救いだ。
コリンたちが助けに来てくれたこともよくわかっているからか、随分と懐いているようで、レジーナにも臆せず近寄っていく。おそらく元々度胸のある子なのだろう。
伊達に赤ん坊のころから苦労していない。
荷物を一時的に宿の庭に置いて、引っ越し前に挨拶をしたいというオレークに続いてハルカたちはまた出かけることになる。
先ほどもそうだったのだが、街の人たちの対応は、気軽に声をかけてくれる者と、怖がって避けていく者で二極化していた。少し前ならば落ち込んでいたかもしれないハルカだが、今回はこれも仕方のないことだと受け入れて、あまり気にせずに歩くようにしている。
オレークは随分とこの街の飲食店の店主たちと仲良くしていたようで、挨拶に向かう度に残念がられ、食事をしていってくれと言われたり、土産物を渡されたりする。
腰が低く、なによりハルカのために本気で食事の良しあしを見極める姿勢が、店主たちにとってはある種心地よかったのだろう。オレークと真剣に言い合いをしたおかげで、メニューを見つめ直して人気が出たなんて店もあるらしく、その店主は本気で涙を流しながらオレークの引っ越しを惜しんでいた。
「うーん、やるなぁ、オレークさん……」
真剣に商売を展開することを考えて唸っていたのはコリンである。
オランズの街では真面目にオレークによる飲食店ガイドのようなものを作ろうと計画を立てているようだ。
もちろん自分では難しいので、家族に丸投げするつもりらしいが、それによって【竜の庭】にも得があるようにすると張り切っている。
丸一日をそうして過ごし、たっぷり美味しいものを食べたハルカ。
もともと楽しみにしていた食べ歩きをすることができて、気分も随分と上向いた。やはり人間、美味しいものを食べると元気になるものだと、ハルカは大満足で宿へ帰還する。
もしかするとオレークが〈オランズ〉でも、隠れた名店、のようなものを探してくれるのではないかとハルカの中ではすっかり期待が高まっていた。
その日の夜はすっかり気分よく休んで翌日。
昼過ぎには宿へやってきたヨンたちと合流。
随分と荷物は多いようだが、そのほとんどは採掘のための道具や、ため込んでいた遺物らしく、おいていくわけにはいかないらしい。
こちらも同じくハルカの準備した障壁の箱の中に全て放り込んでほしいことを伝えると、ヨンはハルカが思っていたよりもずっと大げさに驚いてみせた。
「まじか……! めちゃくちゃいい魔法じゃんか! これ、遺跡から見つけたそれっぽいもの皆詰め込んで運べるってことだろう……!? 俺もその魔法使えないかな。どうやってやるんだ?」
「お目が高い!」
「うわぁ!」
ヨンが喋りながら障壁の箱の周りをうろついていると、突然フォルテが現れて大きな声を出した。
慌ててジーグムンドの後ろに駆け込んだヨン。
やはりフォルテのことは苦手なようだ。
「この魔法、まさに商人垂涎の魔法ですな! いやはや、特級冒険者のハルカさんにこんなことを言うのは失礼にあたるかもしれませんが、ハルカさんは商人だったとしてもきっと大成したことでしょう!」
「いえ、それはどうでしょうか……? 私交渉事とか苦手ですので」
「これだけのことができるともう、交渉云々関係ないですなぁ。力技で世界一の商人になれるでしょうとも」
「いえいえ、そんな……」
あまり褒められても返せるものはない。
この後に協力を申し出られると断るのが面倒なので、むしろあまり褒めすぎないでほしいハルカである。
そんなハルカの気持ちを察したのか、フォルテはくるりとジーグムンドの方を向く。
「さて! 先日提案していた、アヴァロス商会と組むということについては、どうお考えですかな! まだ答えをいただいていないはずですが!」
この男、ヨンたちが【竜の庭】に入るということをこっそりと知っていてなお、ワンチャンスにかけて知らないふりを決め込んでいるようだ。このしつこさは、流石商人である。
「いや、見りゃわかるだろ。ありがたいけど、俺たちは今後【竜の庭】に入って……」
「では、【竜の庭】にも支援をさせていただいても構いませんが!?」
「はいはい、フォルテさん、その話は私の担当でーす。勝手に新入りの人たちと交渉するのはやめてください」
どんどん迫っていくフォルテの前に、コリンが体を滑り込ませる。
「……本当に資金援助はさせてもらえませんか?」
勢いで押しても意味がないと知っているからか、フォルテのトーンがダウンする。
もしかするとあの声の大きさと勢いは、ある程度意識してやっている部分もあるのかもしれない。
「別に何かを疑っているわけじゃないんです。だから、困りそうなことがあれば相談しますよー? でも今は大丈夫、ってことです」
「……なるほど。何かお役に立てることは?」
「今は特にありません」
「……むむむ」
にべもなく断るコリンに、フォルテは悔しそうに口を結ぶ。
それからゆっくりと首を横に振りながらため息をついた。
「やれやれ、そうまではっきりと言われては仕方がありません。今回は諦めることにしましょう。……ああ、そうだ、一つだけ。もし、万が一、旅先で急にお金が必要になった場合! 全世界にある我が〈アヴァロス商会〉の支店から、無利子無担保で上限なくお金をお貸ししましょう。返済期限は一年間! それ以降は流石に年に一割の利子をつけさせていただきます、なんてどうです?」
「いりませーん」
「まあまあまあ、そう言わず、これをお納めください」
そう言って差し出されたのは、金属で作られた名刺のようなものであった。
商会の名前と、フォルテの名前。その周りにはたくさんの実がなった植物の絵が刻まれている。
「これ……」
「ショウさんが作っていたので、これはいいと私も作ってみたのですよ。これを出せばすべての支店で話が通るようにしておきます。なぁに、使わなければ使わないでいい話。さ、どうぞどうぞ、収めてください」
驚いている間に、コリンの手に無理やり金属の名刺が押し付けられる。
フォルテがどこまで名刺についての話を知っているかわからないが、上手く不意を突かれた形だ。
実際これを持っていたところで【竜の庭】には何の不利益もないので、無理やり突っ返したりはしない。だが最後の最後でちょっとだけ押し切られてしまったと、コリンは僅かに反省しつつ、仕方なく名刺を荷物の中に仕舞い込むのであった。
今日はコミックPASH! neoで漫画の更新日だよー
28話かな?
レジーナが出るよー