ハルカの体
ノクトは自身がゼストに出会ったときのことを思い出す。
随分と昔の話だ。
今よりも少しだけ背が高くて、今よりもずっと心が荒んでいた時期のことだ。
ただ、あの頃のゼストは確かに実体だった。
怪我が酷く、意識はもうろうとしていたが、夢ではなかったはずだ。
「僕があった時は普通に歩いて現れましたね。なんというか……、すごく若者らしい喋り方でそうですね……、落ち着きのない方でしたねぇ」
「あ、ならやっぱり本人なのではないかと思います」
「となると、どうして夢に現れるのか、ですねぇ……」
神様なんてなんだってできるはずだ。
それこそハルカのように空を飛ぶことだってできるだろうし、突然消えて突然遠くに現れたってノクトは不思議には思わない。
夢に現れるというからには、夢に現れる理由があるはずだ。
「何かを伝えたいようにも見えたんです。でもちょっと……雑談をしたがっているようにも見えましたが」
「ええ、まぁ、そういうところもある方だと思います」
「こんなことを言っては失礼かもしれませんが……、神様というのは、もっとこう、神秘的な雰囲気を持っていると思っていました」
「どちらかというと、適当で、自由奔放な感じの方だと思います」
「となると、やっぱり本人な気がします……」
「そうですかぁ……、とりあえず夢の詳細を聞かせていただけますか?」
ノクトの要請に応じて、ハルカは夢の内容を語る。
話してみると改めて妙な内容で、二人して少しずつ首をかしげるような結果になってしまった。
「あ、あと一つ。私は、ゼスト様が出てくるとき以外、夢を見たことがありません」
「……この世界に来てから、ですよね」
「はい」
声を潜めてのノクトの確認にハルカは頷く。
ノクトは指先で、とんとん、とリズムよくテーブルを叩きながらしばし考えてから、ゆっくりと指を立てて口を開く。
「ハルカさんの体について三つ、仮説があります。一つ目は、ゼスト様が体を貸している。二つ目は、ゼスト様が体を作った。そして三つめは、ゼスト様に似た体に作り替えられた、です。ここにいたって、何も関係ないということはあり得ないと思うんですが……。夢にしか出てこない理由を考えると、最初の説が一番可能性としては高いのかなと」
「なるほど……、いえ、しかしそうなると……。私、目が覚めた時に元の世界と同じ服を着ていたのですが、それはどうなのでしょう?」
「うーん……それを素直に解釈するのなら、三つ目の説の可能性もありますが……。まぁ、なんにしてもそんなまどろっこしい手段を取るならば、ゼスト様はハルカさんに直接会いに来られない理由があるのだと思います」
「そうなのかもしれませんね……」
そこまで話して二人は再び沈黙。
結局はゼストが何を目的に夢を介して接触してきているかが分からない。
「まぁ、ゼスト様の考えることはよく分かりません。僕自身、あの人がなぜ僕のことを助けてくれたのかを理解していませんし……。あちらから話してくれるまで待つしかないんでしょうねぇ……」
「やはりそうなりますかぁ……」
ノクトと二人でのんびりと話していると、ハルカの口調まで段々とのんびりになってくる。
「まぁ、多分無茶なことは言いませんよ。私の知る限り、ゼスト様はお優しいというか、寛大というか……」
ノクトは一応は命の恩人であるゼストへの言葉を選ぼうとしばらく悩み、結局諦めたように肩を竦めた。
「……いい加減な方ですから」
各地で話を聞く限り、それに関しても想像通りであったため、ハルカはやはり何も言わなかった。その後もしばらく二人でとりとめもない話をしていたが、随分と夜も更けて、互いに改めて部屋へと戻ることにした。
「ハルカさん」
ハルカが部屋へ入ろうと扉に手をかけた時、ノクトが声をかけてくる。
「はい、なんでしょう?」
「そう落ち込まなくても、あなただってちょっとずつ成長してますよ」
「…………分かりますか?」
「いいえ、そんな気がしただけですねぇ。まぁ、ちゃんと仲間に頼るといいでしょうねぇ」
「……ありがとうございます」
「いいえ、おやすみなさい」
ノクトと別れてハルカはベッドの上にうつぶせに倒れ込む。
うまく隠せているとは思っていなかったが、まさかノクトにまで励まされるとは思わなかった。
ハルカ=ヤマギシという個人。冒険者としての自分。宿主としての自分。王としての自分。
あまり器用な方ではないから、全てにおいて的確に判断することは難しい。
だから、それらしい姿を追いかけてはいるが、なかなかしっくりときていなかった。
変わらずに過ごしていても刻一刻と時は過ぎ、何かがあるたびに判断を迫られる。
仲間や守るべき人々と過ごすことを考えれば、それが嫌だとは言わない。
ただ、時折感情がついてこない時もあった。
一人では解決できないことの方が圧倒的に多いくせに、気づけばすぐに自分だけで何とかしてしまおうと思うのはハルカの良くない癖だ。追い詰められて考えれば考えるほどその傾向が強くなるので、出来るだけ早く仲間に頼るようにすべきだった。
ハルカはごろりと仰向けになって体を大の字に広げる。
「師匠は優しいなぁ……」
皆は意地悪だ意地悪だというが、ハルカにとってノクトはやっぱり頼りになる師匠に違いなかった。





